●老舗と私 清酒・大関

4652758_m 正徳元年(1711)に創醸した初代当主、大坂屋長兵衛の、時代から受け継がれた酒造りの技と精神をしっかりと守り、現代に至るまで、大手酒造メーカーとして、酒造業界のリーダーとして活躍する「大関」は、いつの時代においても、常に顧客のニーズを的確に把握し、あるいはニーズを先取りして、数多くの商品を生み出してきた。
 「大関」は、技と知恵の結集により、楽しい暮らしのあり方を提案し、現在の多様化する社会の中で、日本酒の歴史と伝統を育んできた従来の生活文化を、世代と地域を超えて豊かな生活価値を、日常の暮らしの中で実現することを目指している。
                      
 昔、亡父はよく、お酒を飲みながら「こんなに旨い酒なのに、なんで「大関」と言いますのか? 横綱と云うのだったら、理解できますがねエ?」と来客相手に言っていたことがあった。当時は情報も今のようにいきわたっていなかったので、判らなかったらしい。母も勿論知らなかったが、良いお酒の味は解り、贈答用に、3種類のお酒を決めていて、其の中より、相手の好みを考慮して贈っていた。其の中に「大関」は入っていた。
 私も知らなかったが、<甘辛のれん会>に関係させて戴くようになってから、取材で、各社を訪問し、「大関」へ行った時に第一に質問したのは、「大関」の会社の由来だった。
                                    
★「大関」の語源は、昔、日本国中より、力量抜群の者(城を守護する防人・さきもり)を集め、力技を競わせて、その中で最も優れたものを「大関」とし、次に関脇・小結・前頭の順位をつけ、前頭は数人にした。
 防人の出身地別に、本州を関東・関西に二分し、東方・西方とし、年々五月の加茂祭りの時に、角力会を催して、天覧に供え、防人の力技の向上発展を督励した。
                                
★かつて大関の名称は防人中の最優秀者に与えられる名誉ある称号だった。
 大正年間より「大関」に「酒の司」を冠したる外に長部商店の代表酒として昭和14年の初夏より「大関」特等酒を発売して「酒の司大関」と「葵紋大関」の2種を提供した。
                             
 今日の力士の最高位の横綱の名称は江戸時代の将軍家の上覧試合によって創定されたもので、「大関」の商標は横綱の注連縄と天下無双の文字のある軍扇の烙印及び土俵の中へ中井(東京酒問屋の中井氏より大関の商標を送ってきた)の烙印を添え、さらに「大関」の「大」の字は右上に、「関」の字は左下へ書き、その上へ大小の赤線を二線(力士の褌の図案より出たもので、相撲道に関するもの)をひいた全形で構成されている。
                             
 商標にこれだけの歴史があり、こだわり、愛着、伝統、酒造りの想い、等が秘められていたのである。父や母にも教えてあげたかった。
                                       梶 康子