●老舗と私  株式会社先春園本店  御銘茶

otya <先春園>との絆は深い。幼少の頃、母は来客があると、必ず、別の茶筒から茶葉を取り出して丁寧に茶を淹れていた。ある日おねだりして、序でに淹れてもらったところ、お客様用のお茶は、日常に飲んでいるお茶と比べて、こんなに美味しいものなのかと驚いた。以後来客があると事前に解っている時は、家にいるようにして、<ついで>におねだりをするようになった。
 母は「これは、上等のお茶だから常に飲むものではないの。商売用のものだから、家の者は飲んではいけないのよ」と内緒でくれた。そんなことを云いながら、母もそっと残りを淹れて、二人で、見つめ合いながら、こっそり飲むこともあった。
 

                             
 就職した会社でも驚いたことに、先ず眼についたのが、<先春園>のお茶であった。社内を仕切っている古参の女子社員に聞いてみると、「貴女、若いのにお茶のこと、よく知っているのね」と、いいながら、「うちの会社のお茶は、美味しいと評判がいいのよ。他社の方が、外廻りをしていて、疲れたなと思った時に、うちの会社が脳裏に浮かんで、商談の予定もないのに、お茶を飲みにやってきて、何気ない雑談の内に商談が成立することもあるのよ。でも、全社員に上等のお茶を毎日飲んでもらうことは、経費の都合もあるので、<先春園>にお願し、製茶の工程で、出る粉を戴いているの」と答えが返ってきた。随分昔の話である。
 おそらく、母もこれに近い考え方を持っていたのだろうと納得した。今となっては、母に聞くすべもない。
 やがて、私自身が主催して、お茶会を催した時、<先春園>のお抹茶を使用したが、ご招待の皆様から好評を戴き。多いに面目をほどこした。母にも<鶴屋八幡>のお菓子とともに「先春園」のお茶をお供えし、「これは内緒でこっそり飲まなくていいのよ」と話しかけながら、ゆっくりいただいた。
<先春園>の屋号は、初代源之助の友人の学者が、
 「中国の明の皇帝の茶園があって、先春山と言った、その名を拝借して、<先春園>と名付けると良い」
と勧めたから、源之助は<先春園>と改めた。
 近年、アメリカで「発がん物質と、日本の緑茶を一緒に飲んだマウスは、発ガン物質だけのグループに比べ、ガンの発生率が50%以下になる」と発表してから、日本で見直され、食生活が、洋風化しているとはいえ、お茶の自然の香りは、心に安らぎを与えてくれる。まして老舗の<先春園>のお茶は、私の心を癒やしてくれる。                  梶 康子