●老舗と私  菊正宗株式会社  清酒<菊正宗>

WS000000 菊正宗と私とは古くから縁があって、子どもの頃に遡る。父は来客の接待には、必ず、<菊正宗>を用いていた。母も贈り物には<菊正宗>をわざわざデパートまで出向き、贈っていた。幸せそうに飲む父を見て育ってきた私は、<菊正宗>に親しみを感じていた。

 長じて、就職した会社が、<菊正宗>と関係があり、1年に一度くらい社長がお見えになり、其の時は、本社から社長が大阪支社まで出てきて、それこそ会社を挙げて、お迎えしていた。入社して初めてこの光景を見た時、私は心底驚いた。社長が来られたと社員が総出で出迎えたのに、その社長が、丁重にお迎えしているこのお方は、神様みたいだなと、思った程であった。父が飲んでいた<菊正宗>のお酒の社長さんが、こんなにえらいお方だったのか。其の時の驚きは、今でもしっかり私の脳裏に焼き付いている。
  

                                                            
 父の影響で<菊正宗>を飲んでいるが、<菊正宗>は辛口で「男酒」といわれているけれど、馴染んでしまっているので、辛口だなと意和感を感じたことはない。でも、「アツ燗」「ジョウ燗」「ヌルメの燗」「ヒヤ燗」については、吾れながらうるさい。
 ご縁があって、<のれん>を編集させていただくようになって、幼少から親しみ、馴染んできた<菊正宗>が<甘辛のれん会>の会員だと知り、一人よがりで、深い絆を感じた。
                                       
 <菊正宗>は、万治二年(1659)に摂津国兎原郡御影郷(現在の神戸市東灘区御影)に於いて創業以来、現在に至る三百六十年に及ぶまで、たゆまざる研究で、その時代を先取りし、日本酒のトップメーカーとして、ブランドを守り続け、常に業界のトップをゆく。
 四季醸造蔵<菊栄工場>を昭和四十年に既に完成させ、<菊正宗>を一年中供給できるようにした技術革新は、業界でも注目を浴びた。
昭和五十年に「辛口宣言」を行い、それまでは、日本酒の主流だった甘口傾向を一変させ、辛口ブームの口火を切った。海外に於いても、順調に実績を伸ばしている。
                                         
 1960年に業界のトップを切って、<菊正宗酒造記念館>が竣工され、、酒文化の向上、消費者との交流を深めた。しかし、神戸を襲った大震災で、惜しくも崩壊、1999年に復興された。見学させて戴いたが、洗米からお酒の出来上がるまでの工程を、順序に従って展示されており、それに伴う道具類も置かれていた。係り員の説明により、昔日の、日本酒の酒造りが良く理解された。「日本酒文化伝承の館」であると実感を受けた。
 樽の木目に神々しいまでの美しいツヤは、先人の汗と酒造りへの情熱が、込められているのであろう。杜氏たちの「思い入れ」が直に伝わってきた。これこそ「伝統の味」だ。出来たての吟醸酒を飲ませてもらったが、「美味いツの一言」に尽きる。
                                      梶 康子