のれん31,1,2,月号  暖簾歳時記

kasutera
●長崎堂  カステーラ
 カステーラは四百年余りの歴史を持つ伝統ある南蛮菓子。ルーツはポルトガルの「pao de lo」である とされ、西洋医学の到来とともに、日本の地にもたらされた。
 その後菓子職人達が改良を重ね、日本のカステーラと変化した。
長崎堂の美味しいカステーラは、厳選された素材を用い、本来の力を活かして、約百年に亘る歴史で培われた、熟練の技を持つ職人達の日々の努力と、心を込めて焼き上げたものである。長崎堂の原点は、遠く明治元年に遡る。

●明治元年(1868)唐人屋敷のあった長崎の十番寺町に初代荒木源四郎が生を受ける。
●明治15年(1882)長崎外国語学校に入学。
●明治19年(1886)三菱長崎造船所に入社。
◎その間、貴重な体験を得て、起業家として順調な人生を歩む。
●大正8年(1919)7月源四郎は永年務めた三菱長崎造船所を定年退職。菓子店を創業。
●大正13年(1924)経済恐慌により長崎を後にし、唯一残ったカステーラ業で再起を図
る為大阪へ。大阪市東区(現中央区)大手通に「合資会社長崎堂」を起ち上げる。
●昭和3年(1928) 天王寺公園で開かれた大阪府主催の「交通電気博覧会」に電気窯
を出品。カステーラを焼いて見せる。
●昭和4年(1929) 昭和天皇、大阪御幸の折にお買い上げの栄に浴す。
●昭和9年(1934) 缶詰カステーラの発明特許を取得。   
●昭和12.13年(1937~1938) まだ認知の低いカステーラを無料で配り、味を知っても
らおうと粘り強く宣伝。満州・南洋諸島・東南アジアに缶詰カステーラを送り好評
◎創業からの苦境を乗り越え、猛宣伝を開始、二渡亜土による斬新なデザインを採用。
●昭和13年(1938) 次男の正紀を責任者として、名古屋支店を開設。
●昭和17年(1942) 太平洋戦争の激化による経済統制により、操業を一時中断。
●昭和25年(1959) 経済統制の緩和に合わせて本格的に菓子づくりを再開。
 ◎カステーラの生産を復活。
◎天神橋南詰めの店舗は引き払い源四郎は名古屋へ。経営は二代目敏夫に継承。
◎周防町(現在の中央区心斎橋)に「本舗 長崎堂」の看板を掲げる。
●昭和35年(1960)株式会社大阪長崎堂と改め、三代目一郎が26歳で代表権を持つ。
●昭和40年(1965)三代目荒木一郎が、代表取締役に就任。
●昭和45年(1970) 日本初の国際博覧会、大阪万博に出店。
●平成15年(2003) 四代目荒木貴史が代表取締役に就任。
◎大阪四ツ橋に営業本部を開設。会社機能を集約させる。
●平成26年(2014) 中国、上海city,super各店に出店。国内、海外への積極的出店。
  ★昔ながらの変わらぬ味と夢を国内・海外にお届けしている。     梶 康子