老舗と私   御菓子司<鶴屋八幡>

和菓子元禄の頃、大阪高麗橋に店を構え<摂津名所図会>や<東海道中膝栗毛>など数々の文献に残るほど隆盛を極めた有名老舗菓子<虎屋大和大掾藤原伊織>に由来する。
虎屋伊織に永年奉公していた今中伊八(鶴屋八幡初代)が虎屋閉店の後、主家と贔屓筋から開業をすすめられ、虎屋伊織の伝統の灯を消すまいと、文久3年、職人たちと共に、同じく高麗橋に暖廉を掲げた。
鶴屋八幡の屋号は、初代の自宅庭に鶴が巣を作った瑞祥と、開業に際し、虎屋伊織に原材料を納めていた<八幡>さんに支援を受けた恩を忘れまいとして八幡と名付けられた。
創業より多くの人々に支えられてきた<鶴屋八幡>は、人と人、そして人と和菓子の出会いを大切に、精進を続けている。


伝統の羊羹はもとより、四季折々の季節に因んだ和菓子は、室町の頃よりの喫茶の風習と共に育まれ、江戸時代に成熟期を迎え、今日に受け継がれてきた。茶道の関係者はもとより、一般の愛好家の皆様と共に時の移ろいを楽しませてくれる。お客様のお好みに合わせて別注品も承ってきた。
来客の、おもてなし、大切な方への訪問のお手土産等、<鶴屋八幡>のお菓子があれば、双方どちらも安心て、雰囲気もなごみ、話題もはずみ、重宝なこと間違いなし。

亡母は、仕来たりにこだわり、
●新春の年賀の客は目出度いお祝いの和菓子でもてなし、●私が催す小さな初釜の折りには、お茶うけのお菓子を、●孫娘のひな祭り、●春・秋の彼岸にはおはぎ等を、●男子が誕生した初節句には、柏餅を配り、●仲秋の名月にはお団子をお供えし、●旧暦10月の亥の日祭りには、無病息災・子孫繁栄を願って、亥の子餅を家族で食し、●大晦日には、迎春用の生菓子を大切なお客様へのご挨拶回りを済ませて新春を迎えた。
目出度い行事には名前も目出度い<鶴屋八幡>のお菓子と決めていたのである。その他外出したら必ずデパートへ寄り、
●厳選された小豆をじっくりと丹念に炊き上げた粒あん入りの最中で、あっさりとした味わいの百楽。
●四季折々の風情に合わせ、彩どり鮮やかな干菓子。
●鶏卵素麺、玉子せんべい、水羊羹、ぜんざい、四季折々の芸術を想わせる美しい和菓子。枚挙にいとまがない。
日本茶に親しむ秋の夜長に、母が生きていたら、どんなお菓子でお茶をいただいているだろうかと、遠くなった人を想い、ふと<ものの哀れ>を感じる。      梶 康子