{味噌屋}の手前味噌なはなし

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*味噌は医者要らず*
 みそ汁が庶民の味となって盛んに飲まれた江戸時代。当時の代表的な食の解説書である「本朝食鑑」の<味噌>の項に、次のようなことが書かれています。
「腹中をくつろげ、血を活かし、百薬の毒を排出する。胃に入って、消化を助け、元気を運び、血の巡りを良くする。痛みを鎮めて、よく食欲をひきだしてくれる。嘔吐をおさえ、腹下しをとめる。また髪を黒くし、皮膚を潤す」と。

 これは、もうまさに超万能薬。また「味噌の三礎」という諺もあり、味噌には
●味の素 ●命の素 ●美の素が含まれているという意味で、こんなすごい効用のある食品は他にはみあたりません。

▲みそ汁一杯三里の力 ▲みそ汁は朝の毒消し ▲みそ汁は医者殺し
▲みそ汁は不老長寿の薬 ▲みそ汁はたばこのずをおろす。(ず=毒、害)
▲みそで飲む一杯、酒に毒はなし
 こんなことから「みそは医者要らず」といわれたのでしょう。庶民が暮らしの中で感覚的にとらえてきたことを、現代の科学が一つずつ解き明かし、先人の知恵とみその効能のすばらしさが知らされつつあります。

★江戸の庶民はみそを買いに走り、みその文化が花開く
 江戸時代になると、みそは現在とあまり変らないぐらい、なくてはならない食品になっています。
 元禄期の江戸は人口が50万に達し、江戸の生産だけではみその需要を到底まかないきれず、三河の三州みそや仙台みそが海路どんどん江戸に運ばれ、みそ屋は大繁盛するのです。
 またそれにつれて、みそ汁の具にする野菜売りも盛んに行われ、町中が野菜畑になったようだともいわれました。
 「みそ買う家に蔵は建たぬ」という諺があるように、武士、農民、大商人は自家醸造がほとんどで、みその販売はもっぱら庶民を対象としたのです。みそを題材にした落語や川柳がたくさんつくられたことでも、みそがいかに庶民の生活に浸透していたかがわかります。
 一方では、高級料亭の開業も相次ぎ、すぐれた料理書もたくさん刊行されて、みそ料理はますます洗練されていくのです。                 (つづく)