老舗と私 ●小倉屋山本 昆布

WS000007 初めて<えびすめ>を口にした時、「これが昆布なのか?」と驚いた。
 人をして「美味しすぎる」とまで言わせた<えびすめ>は、その風味が、昆布の中でも、格別と言われる北海道道南の真昆布を選りすぐり、伝統の技で仕上げた絶品である。

 大切なお客様のお帰りの際は、母は、必ず<えびすめ>を買い整えていた。大阪名物の老舗の昆布なら、どなた様にも喜んでいただけるから、安心してお持ち帰り願える、というのが、母の信念なのである。
 お茶漬けや、お茶うけ、お弁当に、お椀に2~3枚浮かべて優雅な<はし洗い>に、楽しんで戴いている様子を思い浮かべるという。以後、私も母の心を受け継いで、考え方を改めて、先様が喜んで下さる為には、家族構成とかを頭に入れて品選びをしている。
                                       
 就職して間もなく、東京の本社から社長や重役たちが来られたら、必ず<えびすめと他の昆布の詰め合わせ>を持って帰られるので、其の時は若いせいもあって、大阪名物のお土産だから<塩昆布>なんだと、余り深く考えていなかったが、後で聞いたことだけれど、奥様方の御希望だったということだった。
 大阪に住んでいながら、案外知らない本当の<大阪の味>。それは、これは上等だからお客様用だとか、御土産用だとか、区別されて考えられているからかも知れない。勿論根本的には、家計の問題もあるので、私は、結婚してからは、月に一度は老舗の味を求めることにしていて、存分に楽しんでいる。<えびすめ>もそのうちの一つである。
                                      
 随分以前のことだが、平野工場へ案内していただいた。この道一筋という職人さんが、後継者を育てながら黙々と昆布削りに励んでおられた。その方は、おぼろ昆布を削ることにかけては、日本一の折り紙をつけられているだけあって、見事な手さばきで、雪のような<おぼる昆布>が次々と誕生してゆく。美しい昆布に見とれてしばし言葉もなかった。
 北海道でとれた最高級の昆布の両耳を切り落とし、酢に漬けて、ねかし、一週間くらい置くと、昆布の旨味が出て持ち味以上の美味しさが出ると教えて下さった。極上のものほど包丁の刃を研ぐのも回数が増す、と話しておられた。その包丁が、まるで職人さんの身体の一部のように動くのも、とても軽快で、リズムカルで、感動を覚えた、しばらく、わが家は、<おぼろ昆布>漬けになったのは言うまでもない。いみじくも幼い娘が云った。
「きれいやわ。食べてしまうのは勿体ないねえと。」
 長じて嫁いだ娘は、「昔食べた<おぼろ昆布はどこで売っているのですか?>」と 電話してきた。しっかりとものの味が解って覚えていたことが、嬉しかった。       梶 康子