花に寄せて ― 杜若(カキツバタ)

kakitsubata.jpg アヤメ科アヤメ属。原産地は中国、朝鮮半島、日本。緑の葉の間から紫色の花を咲かせる。気高く美しい。四季咲きもあり初冬までみられる。花色は白に紫の点ぼかし、紫に白の縁取り、白、などである。約50の園芸品種があるとされている。
 
 アヤメ属には美しいものが多く、アヤメ、日扇アヤメ、杜若、花菖蒲などがあるが、このうち美術で最も早くから多く取り入れられたのが、杜若だといわれている。江戸時代の尾形光琳の作品は有名で、国宝とされている。金地に緑青群青の杜若の群生を描いたもので、これは「伊勢物語」の業平東下りの途中、三河八つ橋で杜若の美しさを眺める様子を描いたものである。

 ここにきて、謡曲の「杜若」を主人の生前に一緒に謡った<一緒に謡うというよりも、教えてもらったのだが>ことを思い出し、しまい込んであった謡い本を取り出して謡ってみた。長い年月謡っていなかったので、調子はずれで何度も繰り返し、やっと最後まで謡い終ったときは、2時間以上も経っていて、根をつめたせいで血圧は上がり、ボーとしていたが、謡い終わった満足感と、亡き主人に教えてもらった数々の謡い本を一冊一冊手にとりながら、どれにも思い出がぎっしりと詰まっていて涙があふれ出て止まらなかった。
 
 謡曲の杜若は「伊勢物語」に拠ったもので、廻国の旅僧が、三河の国の八つ橋で美しく咲いている杜若を眺めているところから始まる。
 
 一人の女がきて、伊勢物語にある在原業平の杜若の歌に就いて語った後、僧を自分の庵に連れて行き、美しい冠と唐衣とを着け、これが業平の歌にある高子の后の唐衣であり、冠は嘗て業平が召されたという。僧が怪しんで素性を訊ねると、実は杜若の精で、業平は歌舞の菩薩の花現だから、その詠歌のお蔭で杜若も成仏できたのですといい、なお伊勢物語に就いて語り、舞を奏した後消え失せる。
 
 あらすじは、たったこれだけだが、能楽の「杜若」は美しい言葉の中にも仏教思想が語られ、業平と花の精が、同化するが故に、華やかで美しく明るく、花紫の色に象徴されるように、あでやかなものである。それでいて幽玄の世界を醸し出す。
 
 生花としての杜若は、むつかしく、心を静めてかからなければ思うように活けられない.若い頃はなかなかできなかった。結局お師匠さんに殆ど手伝っていただいて、やっと活けられた覚えがある。年を経て葉株をいったんときほぐし、葉を組替えて形を決め、内側に花茎をそわせる。見事に出来たときは我ながらほれぼれと見とれるひとときである。
 
     梶  康 子
 
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