のれん花物語 ― 都忘れ

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 わたしは「都忘れ」の花びらです。

 キク科ミヤマヨメナ属 原産地は日本 別の名を野春菊(ノシュンギク)と申します。

 地方により多少は異なりますが、5,6月頃まで咲きます。わたしの主人は、大きな、豪華な花、例えば、真っ赤なバラ、大輪の黄色の菊、真っ白なカサブランカ、木蓮(もくれん)や色とりどりの藤の花などを好むので、我々小さい花はつい、僻み勝ちになるのですが、草花が芽を出し小さな蕾を出したとき、それはそれは大喜びで、仲良しの奥様をわざわざ呼びに行き、共に感動してくれます。だからこそわたし達は懸命に咲き競うのです。

 紫や桃、白、濃紫色の一重咲きの花を咲かせる姿は可憐だね。と何度も誉めてくださる。

 都忘れの名前の由来は、第84代の順徳天皇(後鳥羽天皇の第三皇子・佐渡院とも称す。 1210年即位、在位11年)が承久3年(1221年)後鳥羽上皇が鎌倉幕府の討伐を図って敗れ、佐渡へ流されて悲しみの日々を送られていたが、わたしの楚々と咲く可憐な花に心を癒され、都への想いを忘れることが出来たと言うことから<都忘れ>と名づけられたのです。

 わたしの主人は、歴史の哀話になると、自分もその中に入りこんでしまって胸を熱くして切ないと涙を流します。わたしはそんな主人の為に少しでも慰めようと一生懸命咲くのです。そして訴えるのです。

 わたしは<悲しみ忘れ>ですよ。…と

梶 康子