食文化の伝承 ― 昆布

photo11.jpg 昆布は我々の日常の食生活において、昆布とかかわりのないことは無いと言っても過言ではない。
 煮物や鍋物のだしは勿論のこと、蓬莱の飾りや、神棚、鏡餅の飾りとして、おせち料理の中にも昆布巻として使われている。

 養老昆布と画いて「よろこぶ」と読み慶事に用いられている。語源はアイヌ語の「コンブ」からきたのではないかといわれる・また、その形から「広布(ひろめ)」、あるいは産地から「夷布(えびすめ)」と呼ばれていた。

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 「続日本記」元正天皇(715~23)の条に、アイヌが先祖以来昆布を貢献し常に此地に採って年次欠かずと記載があり、上代より昆布が食用されていたことは明らかである。

 昆布は、北海道で採れ、関東を通り越して、大阪で様々に加工され、食文化として花開いた。現在はそれほどでもないが、関東人と関西人の味の好みの違いから大阪は昆布でだしをひきだす関係上自然と、北海道で採れる上等の昆布が大阪に集まる。そうなると色々に加工されるようになり大阪人の食卓に欠かせない塩昆布がつくられ、やがて大阪の名産となった。ある記録によると大阪で刻み昆布がつくりだされたのは、享保6年(1721)。

 因みに当甘辛のれん会の加盟店の小倉屋山本・松前屋・をぐら屋の各店は大阪を代表する老舗である。

梶 康子