●老舗と私  米忠<味噌>

WS000000 毎年この季節になると、私はせっせと味噌づくりに励んでいた。
 新大豆を洗いあげ、一晩以上水に漬けこむ。家中のあらゆる器を持ち出して、わが家のキッチンは味噌づくりの態勢に入る。手間ひまかけて指でもむだけで、つぶれる程に軟らかくなるまで炊きあげて、ミンチにかける如くに潰し、糀をもみほぐし、大豆を煮た時に出るゴジルを混ぜながら、塩加減をし、カメに入れてフタをする。
手塩に欠けた自家製味噌が、一年経って、美しいアメ色に輝いて、食卓に上がる。混ぜ物なしの純粋の味噌である。
 自分の作った味噌が、朝の食卓に家族とまみえる。ごく当たり前のことだが、家族が一言「美味しい」と言ってくれた時の、ほのぼのとした嬉しさは、また格別である。

                                              
 わが家の味噌は割合に評判が良く、来客の際も差しあげたりすると、「まさしくおふくろの味です」と感動して下さったりすると、とても嬉しくなる、家族からは「お世辞で言って下さっているのに」と顰蹙をかっていたが、ある日、そのお方が突然やってきて「おふくろの味のお味噌汁が戴きたくて、迷惑をかえりみず来てしまいました」と言われた時は、私の胸もキュンとなって、心をこめて<おもてなし>をさせていただいた。
                                           
自慢しすぎて今度は、私の分もつくってと頼まれて、引き受けたのは良かったのだが、豆を洗い、漬けこみ、煮るのが、手に負えなくなり、例年より手間をかけられなかったのが、ちょっとした手抜きが、てきめんに現れて、出来の悪いお味噌になってしまったこともあった。以後は引き受けないことに、したのは言うまでもない。
 また、その年の気候が作用して、思い通りの味噌が出来ない時もある。そんな時は、折角一年がかりでつくったものを、何とか出来ないものかと、色々考えていたら、主人が「米忠さんの味噌と混ぜて見たら?」と、わざわざ買ってきてくれた。私が市販の味噌を混ぜているのを知っていたのである。味噌汁の具によって、米忠の味噌を半々、四分六、七分三と混ぜ合わせたら、意外とはんなりと、まろやかな味噌汁を楽しめた。自家製と米忠味噌とのコラボレーションは、最高の組み合わせということで、わが家の食卓の救世主ということになった、
                                          
 お正月のお雑煮用の白味噌は、母の代より米忠の味噌と決めているので、娘が嫁いだ年のお正月早々にやって来て、どうしても今まで食べていたお雑煮と味が違うといって作り方を聞きにきたが、ちゃんと教えてある筈なのにと、よくよく聞いてみると、お味噌が米忠のでなかったことが判り、わが家のを持たせたが、子どもの時から親しんできた味は、すっかり身について、覚えていたのである。
                                                                 梶 康子