●老舗と私  <美々卯> うどんすき

WS000001 遠い昔にさかのぼる。新入社員として、大手メーカーに入社した間もなくのある日、課長から「金曜日の会社がひけてから、君たち新入社員の歓迎会を、<うどんすき美々卯>でするから、その心算でいるように」といわれた。当時、外食することもなかったので、店の名前も知らなかったし、女子社員同士で、「うどんすきって知ってる?」「すき焼きなら知ってるけど、私の家ではすき焼きの後の、美味しい残り出し汁にうどんを入れて、少し煮て生卵につけて食べるの。とても美味しいのよ」「私も知らないけど、でも<うどんすき>、とうどんの名前が前についているからには、<うどん>が主なのよ」「まあ、楽しみにしましょう」ということで、当日を迎えた。
 母は、好き嫌いの多い私のことを心配して「とにかく、初めが肝心だから、お行儀よく好き嫌いを言わずに、残さず全部、綺麗に、戴きなさい」と其の日の朝まで案じていた。

 
最初は緊張していた私を含め女子社員たちも、運ばれてきたものを見ているうちに、興味がわいてきて、<すき焼き>の観念が違うことに気付いた。
 先ず、コンロの上のお鍋が違う。<すき焼き>といえば、丸い鉄の鍋で底が平面で、深さはそんなに深くない。ところが、出てきた鍋は、家庭で煮もの用につかうような感じで、その当時は<しゃぶしゃぶ>というのがなかったが、今、家庭でも使っているような底よりも上が広い鍋で、ただ違うなと思ったのは、フチが少し外側へはみだすように<ふちどり>がされていた。後に先代社長からお聞きしたが、「うどんを、器に入れ易いように、うどんを滑らすようにして入れると、うどんが箸から滑りおちたり、コボレたリしない為に工夫をしてあります」ということだった。
 宗太鰹節、本枯節と利尻昆布でとった贅沢なお出汁、煮込む程にしなやかな太打ちうどん、そして新鮮な山海の幸との妙味は、どんな食通も脱帽するだろう、十数種類もの材料を同時に煮ても、出し汁は濁らず、煮崩れもせず、美味を保てるのは、相当な工夫がされているのであろう。
 帰宅するのを待ちうけていたかの如く、迎えてくれた母に「あんな美味しいものを産まれて初めて食べたよ」根ほり、葉おり、私から話しを聞き出した母は、先ずは<美々卯>へ行くと言いだして、私が案内役になり家族で<美々卯>へ行くことになった。昔気質の母は、外食をする機会も滅多になかったが、すっかり<美々卯>の<うどんすき>に、はまってしまって、来客があれば<美々卯>へご招待するようになった。
 私も、結婚し、幼稚園のママ友から始まり、P、T、Aから婦人会、趣味の会、クラス会と輪が広がり、相談されたら、<美々卯>へお誘いしている。
 ご縁があって<のれん>誌の編集をさせていただく事になった時、先代の薩摩卯一社長がいろいろ教えて下さって、感謝していましたが、昨年他界され、哀悼の念で今でも、思う度に涙がこぼれる。ご冥福をお祈りします。      
                                                                梶 康子