●老舗と私 <大寅> 蒲鉾

WS000002 新卒で、会社へ勤めた年の暮れに母から「貴女もそろそろ大阪に詳しくなったでしょうから、会社が引けてから、地下鉄の難波で降りて<大寅>へ行ってお正月用の蒲鉾を買ってきて」と言われ、行き方の地図とお金を渡された。
 行ってみると、なんとそこは黒山の人だかりで、若かった私には、かき分けて前へ行く度胸もなく、
半ば茫然と立っていた。すると、元気そうなお婆さんが「あんさん、いつまで其処に立っていても、あきませんで、付いてきなはれ」と腕を掴んで巧みに人を掻き分けて、前に連れて行ってくれた。ニッコリ笑って「さあ、ぐずぐずせんと、早く買いなはれ」と言いながら。素早く注文していた。私も夢中で、母の書いたメモを渡して「これだけ下さい」黒山の人をぬけ出した時は、冬だと言うのに大汗をかいていた。お婆さんに一言お礼を言いたくて、キョロキョロ探すと、はるか向こうを歩いておられたので、思わずその場で最敬礼をした。これが、私と<大寅>との初めての出会いである。それほど苦労して買った、蒲鉾類だったが、私の口には一かけらも入らず、それは年賀に来る上客用の、重箱に鎮座しているのを、何時までも覚えている。<大寅>の蒲鉾を食べられるのは、もっと後のことになる。
 結婚して、お得意先からお歳暮に<焼通し>の詰め合わせを頂いた時は、主人はまるで宝物を渡すように、両手で大事そうに私に手渡してくれた。格調の高い食感は、今まで名物と言われるどの蒲鉾よりも美味しく、重厚な味わいで、夢中にいただいたのを思い出す。
                                                       
 「のれん」誌の編集のために工場見学をさせていただいたことがある。その時先々代社長の小谷氏自らが案内して下さって、私は後から行くのだが、魚を扱っている為に地面が、濡れていて、滑りそうでなかなか進まない。社長は「滑りやすいから、気を付けて下さいよ」と後を振り向かれ「ハイ」と答えたとたんに。スッテンテンコロリン、やっと社長に助けていただいて起きあがったものの、洋服も濡れてしまって、社長がとても恐縮されて、それによって私も余計恐縮して、とても恥ずかしい思いをしたのが、懐かしく思われる。今は近代化されてそんな心配はないが、随分昔の話である。
                            
 友人で、大阪市内へ出かけたときは、必ず、アベノハルカスで<大寅>の蒲鉾とテンプラを買って帰る人がいる。それも揚げたてを待って買うのだと言う。そんな人たちで売り場は、混雑すると言う。思うことは皆同じで、少しでも美味しい物を求めるのだろう。早く帰らなければと気は急いても、それでも、待ってでも、揚げたてを買うのだと言う。
                                     
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問い合わせは、大阪06-6641-3451まで                                         梶 康子