食文化に思う ― たこ焼き
たこ焼きに関しては手前味噌ながら、私の焼いたのが、一番美味しいと自負している。焼いた上に、やたらとケチャップやマヨネーズを塗りたくるのは私のポリシーには合わない。
昔、チョボヤキというのがあって、丸い大きさは定かでないが、100円玉硬貨ぐらいだったろうか。母はメリケン粉を出し汁でといて、玉子をいれて、干し海老、ネギのキザミ、キザミ紅ショーガ、を準備してくれた。
焼くのは子ども達で、順番を決めて自分のものは自分で焼く。楽しいひとときであった。それがたこ焼きにかわって、具も主役はたこに変り、テンカスも加わって我が家独特のたこ焼きになっていった。
10数年前のある日、日曜日だから昼食はたこ焼きにすることになった。
食事がわりにたこ焼きをするときは、栄養面も考えて、ミンチをいれたりして、楽しんだりする。もう2、3回ぐらいで終りにしようというときに、我が家の近くまで来たからと、来客があった。そのお方は伝統芸能の無形文化財に指定されておられるお方で、突然の来訪に仰天したが、とりあえず、たこ焼きの匂いの充満した我が家に、上がっていただき、なにもありあわせがないので、とにかく丁度焼きあがったたこ焼きをおだしした。
そのお方は、お召し上がりの後「これは、なにと言う食べものですか、始めて食べましたが、とても美味しかったです。」私は再び仰天した。伝統や格式のあるお家ではたこ焼きなどは召しあがらないのだ。しどろもどろでたこ焼きの解説をしたのだが、誰でもたこ焼きを食べていると思いこんでいた自分自身の思いこみがおかしかった。
後日、そのお方は、たこ焼きに興味をおもちになり、幾度か、たこ焼きをお食べになったらしいが、最初の我が家のたこ焼きが衝撃的に印象に残っているらしく、我が家のたこ焼きを「もう一度食べてみたい。」と電話があり、そのうちにとお約束したが、機会を得ぬままに間もなく亡くなられた。
昔、たこ焼きは冬の食べ物であったように思う。庶民にとって銭湯の帰りにたこ焼き屋さんで焼きたてのあつあつのものを大急ぎで家に帰り、フウフウとさましながら、食べるのが楽しみだったが、今や年がら年中あり、男性同士でも気軽にたこ焼きやさんで、ビールを片手に談笑している。
庶民の食文化もすこしずつ変るものである。
東 雲 宣 子
photo by Wikipedia