のれん28,10,11,12月号   ふるさとを訪ねて   道成寺・和歌山県

ws000002逃げる安珍を追いかけて、怒り狂った清姫の身体は、大蛇に化身して口から火を噴き道成寺の62段の階段を駆け上り、安珍を探し求めた。寺僧がおろしてくれた釣鐘の中に、安珍が隠れているのを知った清姫の大蛇は、釣鐘にぐるぐると巻きついて、目から血の涙を流しながら、尾で鐘を打ちたたき、口から出る紅蓮の炎で、鐘の中の安珍を焼き殺してしまった。
 いわゆる「道成寺」の縁起で、能楽・歌舞伎・文楽・浄瑠璃などの舞台芸術や美術、文学にまでなっている「安珍・清姫」の悲恋物語が伝えられている。
 道成寺の62段の石段は、清姫のように一気には登れない。ハアハア喘ぎながらやっとの思いで登る。

 重文の仁王門は、朱色で入母屋造りになっている。門をくぐると、瓦屋根の勾配が美しいといわれる本堂がある。お参りをすませ、新館へ行くと、縁起に関する展示ものがあったりして、その中に能舞台で使われていた釣鐘があった。紫の布でつくられた実物大の鐘は、何人の能楽師が、この鐘の中へ入った事だろう。能楽の師匠から「道成寺」を舞うことを許されて、嬉しさの余り、気が狂った人もあったとか。伝説のように語り継がれる程、この曲は能楽師にとっては「登竜門」ともいえる「道成寺」の鐘を、私は感慨深く、いつまでも見つめていた。
 ある時期、「道成寺」にはまって、「道成寺」が舞われると聞くと、殆ど能楽堂へ足を向けた。
 シテと小鼓方の、丁々発止の、緊張しきった気合の応酬は、不思議なことに一瞬の眠気を誘う。幽玄の世界を彷徨っているのだろうか? 「乱拍子」から一転して「急の舞」になって、シテは鐘の下にきて、跳び上がった時に、鐘が轟然と落される。その一瞬の間合いは、観客を感動の極限に巻き込む。それが味わいたくて、私は能楽堂へ行くのであった。

 名物は、釣鐘まんじゅう、釣鐘せんべい。金山寺味噌等がある。金山寺味噌は径山寺味噌とも書く。金山寺味噌は、嘗味噌の一種で、中国の古刹径山寺から製造法が伝来されたといわれている。大豆と大麦の麹に食塩を加えて仕込んだ桶に、白瓜、茄子などの一夜塩したのを、細かく刻んで混ぜ、押蓋をして重石をおき、更に、麻の実、紫蘇、生姜の刻んだものを加えて熟成させたものである。             東 雲 宣 子