花物語 葦

yoshiお花友達の友人宅へ行った時、葦が活けてあった。水盤に一株、小さい草花を取り合わせてある。いかにもすっきりとしていて、胸のすく思い出で観賞させてもらった。
葦はイネ科ヨシ属で原産地は世界中の湿地帯~亜寒帯。別名ヨシ。英名コモンリード。若芽が水面を切って伸び立つ春。青々と葉を茂らせる夏。穂が風にそよぐ秋。枯れている冬。いずれも水辺の風情を偲ばせる。
葦は沼や川岸に群生する大形の多年草で、高さ2~3m。茎は中空・円・柱形、かたい節がある。葉は細長い披針形で二列に互生している。花穂は茎先が円錐状に出るが、最初は紫色で後に紫褐色になる。花は八月~十月にかけて咲く。葦のいけばなを見ていると、いつしか私は幻想の世界へと入っていく。

私達の結婚の記念にと、わが亭主は能「葦刈」を舞ってくれた。あらすじは、津の国日下の里<大阪府東大阪市>の住人、左衛門は貧乏のすえ、心ならずも夫婦別れをする。妻は京に上って、さる高貴な方の若者の乳母となり、生活の安定を得たので、従者をともなって、難波の浦へ下り、夫の行方を尋ねる。在所の者に聞いても、以前の所にはいないということで、途方にくれるが、暫くこの辺りに逗留することにする。
左衛門は、落ちぶれて、葦を刈り、それを売り歩く男になっているが、彼は、その身の不遇を歎くでもなく怨むでもなく、全てを運命と割り切って、時に興じ、ものに戯れ、自分の生業に満足している。
そして、妻の一行とも知らず、面白く囃しながら葦を売り、問わるるままに、昔、仁徳天皇の皇居があった御津の浜の由来を語り、笠尽くしの舞を舞って見せる。いよいよ買ってもらった葦を渡す段になって、思いもかけず妻の姿を見出し、さすがに今の身の上を恥じて近くの小屋に身を隠す。妻は夫に近づきやさしく呼びかける。夫婦は和歌を詠みかわし、心もうちとけて、再びめでたく結ばれる。
私は当時「能」というものを知らなかったけれど、私のために「能」を舞ってくれるということに対して熱く感激したのを、今でもしっかりと覚えている。
年を経て、長男、次男が結婚したときも「葦刈」を舞った。そのときに「金婚式にはまた「葦刈」を舞うからね」と言ってくれていた亭主は、金婚式を待たず、「葦刈」を舞うことなく彼岸へと先立った。
先日亭主の、17回忌の法要を終えた夜、私は久し振りに<謡曲本>を取り出し、亭主の在りし日のテープを聞きながら一緒に「葦刈」を謡った。そのとき切なく思った。もう一度「葦刈」を舞わせてあげたかった。と。

                               梶 康子