旬の味 ― 桜 鯛
春暖と共に陸地近くにやってくる鯛は、産卵期を前に味が良く漁も多い。
鮮やかな淡紅色で、丁度季節的に春の桜を連想させることから、<桜鯛>といわれる。実際は八十八夜の頃の晩春期で、花が散る若葉の頃が最盛期で、昔から瀬戸内海が主な、本場とされ一般に「魚じま」といわれている。魚の島が築かれるといわれるくらいの豊漁を意味し、その中心を形成するのが鯛で、初網にかかった鯛は、初鯛・うおしま鯛・金山鯛と呼んで珍重され、祝儀値がついたりする。
鯛は、冬には殆ど外海に去るが、春暖に誘われて、陸地近くにやってきて、繁殖のいとなみを遂げる。多くの食物材料が、繁殖期を旬というのは、それらが繁殖に必要なあらゆる栄養素を蓄えている為で、桜鯛のこの時期の美味はうなづける。
桜鯛といえば、明石の鯛が、最も珍重されるゆえんは、漁師の手釣りが大部分で、漁獲量が少ないからだということだ。それに生息場所が、播磨灘ということで一層珍重される。
原則的には、晩春期に外海から寄ってくる桜鯛が本筋で、首尾よく内海に越年した鯛も、暖気に催されて動き始めるので、距離の関係から早く獲れるが、鳴門を越えた鯛でないと、本当の初鯛ではないということになる。鯛の中骨にコブのあるのは、初鯛といわれるが、必ずしもそうとは限らず、初鯛は文字通り金鱗溌剌として、色沢も魚味も格別で、内海に越年したものとは、自ずから比較にならない。同じ網にかかっても鮮度の鈍い紅色で、見た目も味もずっと劣る。初鯛に対して旧鯛と呼ばれる。
桜鯛は青春期の精気みなぎるのが生命だから賞用されるのは、産期のやや前を旬とし、産卵期が近づくにつれて味も盛りを越えて、雌雄ともに繁殖のいとなみを終えた後は、一般にムギワラダイと名づけられ、不味い意味の代名詞に用いられたりする。しかし、日本海方面では、気候と水温の関係から鯛群の近接するのが、約一ケ月遅れるので、こだわる必要はない。内海に越年するものは冬が美味。外海から寄ってくる桜鯛は晩春を旬として差し支えないのである。
旬の鯛は、いろいろ調理をするよりもそのままの姿焼きとか、新鮮な刺身に舌鼓をうつのもよいだろう。
東雲 宣子