花物語 ― 彼岸花(ヒガンバナ)

higanbana.jpg ヒガンバナの咲く頃になると、幼少の頃、遠足に行った時に、道端に咲いている強力な真っ赤な色が、自然と脳裏に浮かんでくる。

 中でも印象に強く残っているのは、第二次世界大戦の時に田舎に疎開(大都市は敵軍B29の爆撃の対象になるので、子どもたちは比較的安全な地方に移住した)した時、お彼岸の頃になると、田んぼのあぜ道や小川の土手などに、一面に赤い花を咲かせていて、澄みきった空の青や、実った稲の黄金色とで美しいコントラストを描いていた。

 「ヒガンバナは、お彼岸の頃に咲くからヒガンバナと名がついたのよ」

 母はそう言いながら、「ヒガンバナには毒があるから触ったらいけないよ」とも言った。有毒食物だが、茎は薬用、糊料となる。
 
 球根にはリコリンという毒の成分があって、この成分は水にとける性質があり、昔作物がとれないとき、球根をつぶし、水で毒成分を洗い流し、デンプンを集めて食用にしたらしい。リコリンは心臓に毒だが、一方ではセキを静める効果があり、薬としても使われた。要するに一般人は鑑賞するだけで良い。

 葉など口に入れるとシビれるので、シビレバナ、シタマガリ、シタコジケという名前がある。一番名が知れているのは、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)というが、これもお彼岸と関係があって、お釈迦様の時代のインドで「天上の花」を意味したそうである。

 花が終ると球根から細長い葉がたくさん出て、他の草が枯れている冬の間に太陽の光を独占した形で栄養分を球根にためる。葉は他の草が芽を出す春になると枯れる。いわゆる葉と花は互いにあいまみえることがないので、「葉見ず花見ず」の名もある。

 その他カミソリバナ、シビトバナ、トウロウバナ、捨子花、天蓋花等々、一つの花で、別名のあるのはよくあるが、これほどたくさんあるのは珍しい。

    梶  康 子

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