のれん花物語 ― 蝋梅(ろうばい)
わたしは庭に植えられた蝋梅です。もう20年にもなるでしょうか。主人が、友人からいただいてきて今の場所に植えてくれたのです。
<ロウバイ科の落葉潅木。原産は中国。高さ約3メートル。葉は卵形で両面ともざらざらしている。冬、葉に先だって香気ある花を開く。外側の花弁は黄色、内側は暗紫色で、蝋細工のような光沢を有し、のち卵形の果実を結ぶ。観賞用。唐梅。南京梅。>と辞書に書かれてあります。
なるほどその通り、たったこれだけの文章で、よくもまあー わたしのことをちゃんと言ってくれますよねー。わたしと、わたしの主人は顔見合わせて感心しています。
主人は、わたしをとても大切にしてくれ、とても嬉しいのですが、共通の悩みがあります。それは、わたしが撒き散らす葉っぱにあるのです。なにも好き好んで葉っぱを撒き散らしているわけではないのですが、わたしは、落葉樹ですから懸命に頑張っても結局は葉を落すしかないのです。
最大の悩みは、南隣の家の庭にブロック塀を乗り越えて葉っぱが落ちることなのです。習性として、どうしても樹は南に伸びていくものですから、塀を越えて落ちてしまい、結果的に隣家に迷惑をかけているのです。主人は謝りながら、お隣の庭をお掃除にいきます。そしていつも思うそうです。花が終れば、もうこの樹を切ってしまおう。始めのうちはわたしも小さかったのでそんな悩みはなかったのですが、だんだん大きくなってから悩みが始まったのです。
でも悪いことばかりではないのです。葉っぱが全部落ちて、香りのよい、蝋細工のような、ふっくらと丸みを帯びた花が咲き出すと、近所の奥様方の絶賛をいただき、主人はわたしの許可なしに、チョキチョキ切っては皆様に差上げて廻ります。勿論お隣にはいの1番にさしあげます。わたしはやっと面目を取り戻し晴れ晴れとして各家庭で咲き誇ります。
主人はハタと首を傾げます。辞書に書かれていた卵形の果実は見たことないわー。当たり前でしょッ。全部花枝を切ってしまうからでしょッ。
梶 康子