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	<title>甘辛のれん会 &#187; 2015年夏号</title>
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	<description>甘辛のれん会のウェブサイト</description>
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		<title>のれんメール</title>
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		<pubDate>Mon, 01 Jun 2015 01:08:42 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[2015年夏号]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>のれん27,６，７，８，９号 ★ かきつばた似たりや似たり水の影　　　芭　蕉（六　月）★ 月見草少しほぐれてと [&#8230;]</p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img9_illust05.jpg" class="pict_right" alt="photo05.jpg" title="photo05.jpg" width="250" height="166" /><br />のれん27,６，７，８，９号</p>
<p>★	かきつばた似たりや似たり水の影　　　芭　蕉（六　月）<br />★	月見草少しほぐれてとまりけり　　　　みづほ（七　月）<br />★	梶鞠や金の菖蒲を描きし袖　　　　　　誓　子（八　月）<br />★	風もなき秋の彼岸の綿帽子　　　　　　鬼　貫（九　月）<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　新歳時記より<br />
<span id="more-194"></span><br />
＜お中元は　いつも　甘辛のれん会の　信頼の品を＞</p>
<p>はや、お中元の季節がやって参りました。本来は、半年の生存の無事を祝ったり、盆（うらぼん）の行事をし、先祖に供養していたものが、いつの間にか、半年お世話になった方々への謝意を込めての贈答にかわって参りました。<br />大切なお方への贈り物ですから、贈って喜ばれる、安心して受け取って頂けるものを、お選び願いたいと存じます。甘辛のれん会加盟店の老舗の品々を、胸を張ってお奨めいたします。</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　甘辛のれん会　　大阪の駿河屋　主人　岡　本　全　晃</p>
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		<title>花物語　　実のなる花</title>
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		<pubDate>Mon, 01 Jun 2015 01:06:35 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[2015年夏号]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>六月はあでやかな花々が競うように美しく咲き誇る。そのなかにあって、実の成る花は、概ねひっそりと可愛く、慎ましく [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2015/06/01/post193/">花物語　　実のなる花</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img185_d.jpg" class="pict_right" alt="d.jpg" title="d.jpg" width="250" height="166" /><br />六月はあでやかな花々が競うように美しく咲き誇る。そのなかにあって、実の成る花は、概ねひっそりと可愛く、慎ましく咲き、たまに大きく咲くのもある。<br />●みかんの花　原産は、熱帯および亜熱帯アジアで、10数種類ある。互生した長卵形の濃緑の葉の間に、白色五弁の花を開く。温州・紀州みかんが有名。<br />
<span id="more-193"></span><br />
<br />●橙（だいだい）の花　　原産は熱帯。垂仁天皇の90（61）年、田道間守（たじまもり）を常世の国へ使わして非時香果（トキジクノカグノコノミ）を求めさせた。香果は柑橘類だが、非時は時季を超越するという意味だから、冬は黄熟しても夏は青緑に還り、不落の瑞果として「ダイダイ」と呼ばれる橙であろうといわれている。みかんと同じように五弁の白色の花を咲かす。絶えることなく代々続く目出度いものとされている。<br />●柚子の花　　古くから日本に入り、各地に栽培され、寒さに強い。木は高さ４mに達し、枝に刺がある。五弁の香り高い小さな花を開く。果肉は特異の芳香があり、酸味があり生食できないが、香辛料、マーマレードの原料とし、実正の苗はミカンの台木とする。<br />●ザクロの花　　小アジアの原産。我が国では鬼子母神の伝説で知られている。鬼子母神は訂利帝母（かりていも）と呼ばれ、もと異教徒で500人の子を持ちながら、常に人の子を取って食するので、釈迦が、鬼子母神の留守中、ひそかに末子を隠したところ、帰って驚き悲しんだ鬼子母神が、はじめて如来の説法に帰服し、発心して仏法護持とともに、母子育成の善根に転向したと言うので、求児・安産・夫婦和合の女神として信仰されるに至った。人の子を食する代わりに、釈迦が鬼子母神に与えたのが、ザクロであったという。<br />　深紅・白・淡紅・黄赤等、各色の美しい花を咲かせ、重弁あり、単弁ありだが、重弁は実をつけないので、花ザクロとして観賞用とされている。<br />●南瓜の花　　鐘状の五弁花。色は真黄色で大きく、花の柄の短い方が雄花で長い方が雌花である。南方からの渡来種。<br />●西瓜の花　　原産地は熱帯アフリカとされている。淡紅色の五弁の花。実は甚だ大きいが、花は極めて小さい。小形の単性化で、雌雄同株。畑で大切にされながら、ささやかに咲く。<br />●茄子の花　　原産地は南方温帯地方。わが国では古く延長（923～930）年間に栽培された記録がある。淡紫色または藍白色の合弁花で、雌雄両性で全部結実する。それ故に縁起の良い花とされ、特に茄子の花の夢を見ると良いことがあると言われていた。<br />●胡瓜の花　　原産は東インド。花は黄色で五裂の小花。しわがある。<br />●馬鈴薯の花　　原産地は南アフリカで、最初に食用したのは、インカ族という。五裂した白色または淡紫色の花をつける。畑一面に咲く様子は美しい。<br />▲何れも収穫が待ち遠しく、瑞々しい穫れたての美味しさは、まさに天地の恵みであり、大いに旬を楽しませてくれる。　　　　　　　　　　　　　　　　　　葛　城　陽　子</p>
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		<title>ヒガシマル醬油株式会社</title>
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		<pubDate>Mon, 01 Jun 2015 01:04:08 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[2015年夏号]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>風土記の昔、日下部（くさかべ）の里と呼ばれている龍野市は、古代より播磨の中心として発達してきた。その中にあって [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2015/06/01/post192/">ヒガシマル醬油株式会社</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img184_c.jpg" class="pict_right" alt="c.jpg" title="c.jpg" width="250" height="166" /><br />風土記の昔、日下部（くさかべ）の里と呼ばれている龍野市は、古代より播磨の中心として発達してきた。その中にあってヒガシマル醬油株式会社は、龍野の町と共に栄えてきた。<br />龍野を流れる揖保川の水は全国でも、まれにみる鉄分の少ない軟水で、この良質の水が、色の淡い味の良い、香りの高い淡口醤油を造る上において欠かせないものなのである。<br />★清らかな水<br />★播州平野の豊かな小麦と米<br />★山間部の質の良い大豆<br />★赤穂の良質の塩　　これらがおだやかな気候に恵まれて醬油産業が発達してきた。<br />
<span id="more-192"></span><br />
<br />旧藩の脇坂侯の保護もあって、江戸時代には醬油の醸造地としてすでに全国的に知られ現在に至っている。<br />天正15（1587）年に円尾孫右衛門、天正18（1590）年に、栗栖屋横山五郎兵衛によって醬油づくりが創められ、寛文6（1666）年より淡口を特色として栄えてきた。その間、京・大阪の文化に育まれ、洗練されて、日本人の食生活になくてはならぬものとなり、外国人の間にも広がり、味わわれるようになり、実に428年も醬油を造り続けてきた。<br />以前、龍野を訪れた時、先ず、兵庫県重要有形民俗文化財指定の、うすくち龍野醬油資料館を見学した。代々醬油づくりに励んできた先人達の創意・工夫、それに醬油づくりへの情熱とでもいおうか、それらが古い道具類や、建物に染みつき、息づいているようで、心が和んでくる。<br />この建物は、菊一醬油（資）の本社として建てられ、浅井醬油（代）と合併後、龍野醬油（株）～ヒガシマル醬油（株）の本社となった。同社のみならず、広く龍野醬油協同組合各社が保管していた資料を中心に展示してある。全て、手作業の中にも各所に、先人達の工夫のあとが見られ、苦労が偲ばれた。<br />　次に案内されたヒガシマル醬油の工場では、●小麦を焦がさないように炒る。●炒った小麦を粗めにひきわる。●やわらかく蒸した大豆をコンベアーで自動的にさます。●種こうじを混合。●塩水を加えて、発酵をコントロールする室で半年以上熟成させる。人工的に四季の変化を与える。（もろみ）。●もろみをしぼって生醬油をとる。この時蒸した米を甘酒にして加え、しぼる。●火入れ、濾過をし、品質を安定。●厳しい検査。●ビン詰、出荷。これらがすべてコンベアーベルトの流れの中で行われ、温度、湿度が自動制御室でコントロールされる。巨大なタンクが並んでいるのに圧倒されながら、我が家のキッチンにある淡口醤油を思い浮かべていた。<br />これから重宝される、そうめんだし。麺つゆ、うどんだしの液、粉末の各種製品が約200種類もあるそうだ。あの美しい播州平野をもう一度訪ねてみたい。　　　　　梶　康子</p>
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		<title>老舗と私　　菱富＜うなぎ＞</title>
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		<pubDate>Mon, 01 Jun 2015 01:02:40 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[<p>大阪では珍しい江戸風焼きの伝統を誇る老舗。うなぎを背開きにするのを本格としている。江戸風の蒲焼は、焼く途中で蒸 [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2015/06/01/post191/">老舗と私　　菱富＜うなぎ＞</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img183_b.jpg" class="pict_right" alt="b.jpg" title="b.jpg" width="249" height="166" /><br />大阪では珍しい江戸風焼きの伝統を誇る老舗。うなぎを背開きにするのを本格としている。<br />江戸風の蒲焼は、焼く途中で蒸し器で蒸して、タレをかけて仕上げているので柔らかい。<br />大阪の腹開きに対して、江戸と言えば、昔から武士の町だったので、腹を切るのはタブーとして嫌われたので、背開きにするということである。<br />
<span id="more-191"></span><br />
＜菱富＞は、うなぎ一筋１２０余年。変わらぬ伝統の味で、うなぎ料理を格調あるものとし、大阪にあってなおも江戸風を堂々と護り続け、今日に至っている。<br />風格のあった大阪南、宗右衛門町の建物は、惜しくも姿を消し、平成8年に現在の店が新築された。<br />庶民的なうなぎを高級うなぎ料理に仕立て上げた＜菱富＞に相応しく、どっしりとした黒塀に囲まれ、風格を誇った建物であったが、確かに贔屓の馴染み客以外は足を踏み入れにくい感じはあったかも知れない。が、私には一種の憧れでもあった。<br />新しい店は、何のこだわりもなく入りやすい雰囲気が漂っている。</p>
<p>古い「のれん」に培われた伝統の技と味<br />いつも変わらぬ暖かいおもてなしの心<br />くつろぎのひとときを演出する憩いの食空間<br />手軽に昼食などが楽しめる一階のテーブル席<br />二階は少人数のご会食に最適の純和風の粋な小部屋<br />各種会合にご利用いただける広々とした座敷<br />大阪の都心とは思えぬ落ち着いた雰囲気で、なごやかな「食」の醍醐味を堪能。<br />時代がどのように変わろうと、真心を込めたもてなしは、これからも変わることはない。</p>
<p>夏の土用の丑の日に、うなぎを食べる習慣は、あるうなぎ屋さんが宣伝の為に、平賀源内らの知恵を借り、夏バテに効くと言いふらしたのが当たって、一般に信じられ、今日までに至っているのが、通説とされている。<br />何故、特別に土用の丑の日なのか？　文政年間（1818～1829）春木屋善兵衛といううなぎ屋さんが、客から暑中のカバヤキの保存法を尋ねられ、土用の子（ね）の日から三日間うなぎを焼いて、ビンに入れて密閉し、穴倉に埋めて実験したところ、丑の日に焼いたものだけが、良かったので、丑の日と決まったとも言う。<br />うなぎは四季を通じて美味であるが、食べる側の人間が、そろそろ夏バテを意識する土用の頃、脂肪とビタミンＡの多いうなぎは栄養価が高いので、旬（しゅん）は土用の頃とする考え方もある。うなぎの肝は特によく効くという。</p>
<p>梶　康子</p>
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		<title>季節のもの　蕎麦（そば）</title>
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		<pubDate>Mon, 01 Jun 2015 01:00:11 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[<p>蕎麦はタデ科の一年草で、中央アジアが原産地。シベリヤ・東アジア・インドで広く栽培されていた。日本へ蕎麦が伝来し [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2015/06/01/post190/">季節のもの　蕎麦（そば）</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img182_a.jpg" class="pict_right" alt="a.jpg" title="a.jpg" width="250" height="166" /><br />蕎麦はタデ科の一年草で、中央アジアが原産地。シベリヤ・東アジア・インドで広く栽培されていた。<br />日本へ蕎麦が伝来したのは、飛鳥奈良時代とされ、はじめに東近江の琵琶湖の東、それから木曽路を通って信濃と甲斐に分布され、それ以来信州が蕎麦の名産地となった。<br />直立した紅色の茎は40～90ｃｍになり、葉はハート状三角形で、夏または秋に白か淡紅色の小花が密集して咲くのが、いかにも美しい。果実は卵形で鋭い三稜があり、緑白色、乾くと黒褐色となって、果中の胚乳からそば粉を作る。<br />
<span id="more-190"></span><br />
蕎麦のことを稜（ソバ）のある麦（むぎ）というのは、果実の三稜（三角）を意味している。ソバ粉を水でこねてうすくのばし、細く切ったのが、我々が食する蕎麦で、ゆでて汁につけたり、また煮込んだりして食べる。<br />蕎麦は、タヌキ（揚げ入り・最近では関東の影響なのだろうか？キツネ蕎麦というのを耳にする）・月見蕎麦（玉子入り）・とろろの入ったとろろ蕎麦、鴨、鶏肉の入ったかもなんばん・エビの天ぷら入りの天蕎麦・ざるにあげて、出し汁につけて食べるそば等、それぞれの具の風味と相まって美味しいが、何といっても素（す）蕎麦（かけ蕎麦）が一番美味しい。蕎麦の真骨頂は、蕎麦自身の持つ風味と出し汁にあるからである。「（かけ蕎麦）の美味しい蕎麦屋さんは、他の蕎麦も美味しい」と言われる由縁である。<br />お店で、かけ蕎麦を註文すると、若い者は「恥ずかしいからもっと上等を食べたら？」と言うが、私は初めてのお蕎麦屋さんに入った時は、ご挨拶代わりに、やはり具のないお蕎麦で、出し汁とお蕎麦の味を味わいたい。しかし、わざわざ（かけ蕎麦）を註文しているのに、刻んだ揚げとか、天カス（天ぷらを揚げた際にできるカス）を入れてあったりする。それでは（かけ蕎麦）を註文した意味がない。いつの頃からか、（かけ蕎麦）は我が家で楽しむことにして専ら出し汁に工夫を重ねている。<br />石川県金沢市は、亡夫の故郷で、幾度訪ねても懐かしく、以前立ち寄った（かけ蕎麦）の美味しかったお蕎麦屋さんに寄ってみたが、代が替っていて、（かけ蕎麦）のメニューすらなく大きな失望と寂しさを覚えた。<br />勿論、私も（かけ蕎麦）ばかり食べているわけでもない。揚げたてのエビ天を出してくれる店では、天蕎麦や、天ぷらざる蕎麦を、揚げを美味しく煮込んである店では、タヌキとかを楽しんでいる。<br />「美々卯」の薩摩卯一氏に以前教えていただいたのだが、＜うどんすき＞の最後にお蕎麦が出てきたので、聞いてみると、うどん出しの中へ、しゃぶしゃぶのように、お蕎麦を箸にとり、数回ゆすって食べると、煮込まれた出し汁が軽くからんで、あっさりとして、＜うどんすき＞でしっかり満腹になっている筈なのに、お蕎麦がするすると、お腹の中へ入っていく感じで、しかも新鮮味があり驚いたことがある。	</p>
<p>東　雲　宣　子</p>
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