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	<title>甘辛のれん会 &#187; 2012年秋・冬号</title>
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	<description>甘辛のれん会のウェブサイト</description>
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		<title>のれんメール</title>
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		<pubDate>Mon, 01 Oct 2012 01:06:59 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[2012年秋・冬号]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>殊のほか厳しかった暑さも、やっと季節の移ろいを感じさせてくれたかと思う間もなく厳しい寒さがやってまいります。今 [&#8230;]</p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img9_illust05.jpg" class="pict_right" alt="illust05.jpg" title="illust05.jpg" width="180" height="149" />殊のほか厳しかった暑さも、やっと季節の移ろいを感じさせてくれたかと思う間もなく厳しい寒さがやってまいります。今年も格別のご愛顧を賜わりまして有難うございました。来る年も老舗の名をはずかしめまいと、一心の努力を傾ける心組で御座いますので、相変わらずのごひいきを、心を込めてお願い申しあげます。</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　甘辛のれん会　　すし萬・主人　　小　倉　宏　之<br />
<span id="more-139"></span><br />
　　　　　　＜行楽の　お供に　甘辛のれん会の　老舗の品を＞　</p>
<p>☆　ビール　　　　　アサヒビール㈱・サントリー㈱<br />☆　清　酒　　　　　日本盛㈱・大関㈱・菊正宗酒造㈱・長龍酒造㈱<br />☆　醤　油　　　　　ヒガシマル醤油㈱<br />☆　うなぎ　　　　　（合）菱富<br />☆　うどんすき　　　㈱美々卯<br />☆　一品料理　　　　㈱正弁丹吾亭<br />☆　寿　司　　　　　雀ずし㈱小鯛雀鮨鮨萬・大阪寿司㈱吉野<br />☆　菓　子　　　　　御菓子司㈱鶴屋八幡・江戸菓子㈱ちもと・羊羹㈱大阪の駿河屋<br />　　　　　　　　　　カステーラ㈱長崎堂・粟おこし㈱あみだ池大黒<br />☆　蒲　鉾　　　　　大寅蒲鉾㈱<br />☆　昆　布　　　　　㈱小倉屋山本・小倉屋㈱・㈱松前屋<br />☆　味　噌　　　　　米忠味噌㈱<br />☆　お　茶　　　　　㈱先春園本店</p>
<p>甘辛のれん会　　　すし萬・主人　　　小　倉　宏　之　</p>
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		<title>花物語 すすき</title>
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		<pubDate>Mon, 01 Oct 2012 01:05:04 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[<p>　すすきはすくすくと立ち伸びた茎から、おおらかな円を描いて穂先をたれさせる。群生したすすきの花穂が、風に吹かれ [&#8230;]</p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img145_1209a.jpg" class="pict_right" alt="1209a.jpg" title="1209a.jpg" width="250" height="166" /><br />　すすきはすくすくと立ち伸びた茎から、おおらかな円を描いて穂先をたれさせる。群生したすすきの花穂が、風に吹かれてなびいている様は見事で、秋の野山に一層風情を添え、「ものの哀れ」を感じさせる。<br />　すすきは、イネ科の大形多年草で、草丈１～２ｍ。葉は細長く、茎とともに硬質で葉には鋭い鋸葉がある。すすきは私にとって、忘れえぬ深い思いがある。<br />
<span id="more-143"></span><br />
　子ども達がまだ幼かった頃、ある日母が突然やって来て<br />「どこでもいいから、気の晴れる所へ連れてって」と言う。私もそうしてあげたいけれど、子ども達が、まだ幼くて、予告もなしに急に言われて困惑した。母は始めから無理だと分っていながら、そんなことを承知でなお言わずにおれなかったのだろう。<br />「それでは、近くを散歩しましょう」と言うことになって、夕方近かったけれど、子ども達３人と母と私とで出かけることにした。<br />　当時、この辺りはまだまだ田や畑が多く、田園風景を楽しみながら、小川の土手に腰をおろして四方山話をした。土手にはすすきが、群生していて花穂が風になびき、まるで一幅の絵の中に居るような風情があった。久し振りに来てくれたおばあちゃんにとって、はしゃぎ回<br />る孫達の姿は、いつしか母の悲しみを和らげてくれたようだ。<br />　夕陽に映えたあかね色の雲に、すすきの白い色が映えて、母や子どもたちの顔は生き生きと美しく輝き、早く帰って夕ご飯の支度をしなければ、と心急く私とはうらはらに、母は孫たちと手をつなぎ、大きな声で歌を唄い、もういつもの母になっていた。<br />暮れなずむ帰途に、つるべ落としに、夜のとばりがおり、すすきの白だけが風に揺れて、子ども達が「恐い、恐い」と怯え出し、５人が手をつないで一生懸命に家路へと急いだ。<br />　夕ご飯を一緒に済ませ母は帰る際に<br />「孫は文句なしに可愛いというけれど、今日はつくづくそう思ったわ。たまにしか会っていないのに、こんなになついてくれて、本当に嬉しかったわ。それに生命溢れる、無邪気なこの子達を見ていたら少々のことに悩んで、娘の所に来た自分が、恥ずかしいわ。私のことは大丈夫だから、もう心配しないでね。有難う。子育てがんばってね。」<br />　日頃、弱気をはかない母が来たのは、よほどの思いがあったのだろうが、その後母はそのことについて、一切触れることはなかった。</p>
<p>　今でもドライブの途中で、すすきの群生を見ると、あの時、帰って行った、母の笑顔が、すすきの合間からちらちらと、見えそうな気がするときがある。</p>
<p>梶　康子</p>
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		<title>大豆</title>
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		<pubDate>Mon, 01 Oct 2012 01:04:01 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[2012年秋・冬号]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>　大豆はマメ科の一年生草木で、東南アジアが原産とされている。多くは畑地で栽培されるが、水田の畦を利用する所では [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2012/10/01/post142/">大豆</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img144_1209c.jpg" class="pict_right" alt="1209c.jpg" title="1209c.jpg" width="250" height="166" /><br />　大豆はマメ科の一年生草木で、東南アジアが原産とされている。多くは畑地で栽培されるが、水田の畦を利用する所では、アゼマメ、また完熟前のを枝つきのままゆでたのをサヤマメとも言う。<br />　大豆は植物性たんぱく質・脂肪に富む栄養食品で、味噌・醤油・豆腐・湯葉・黄粉・納豆、その他料理用・菓子材料・油脂原料として用途はすこぶる広い。<br />
<span id="more-142"></span><br />
　その形状や色によって大きく分けて、丸大豆と平大豆に分かれる。<br />　丸大豆にも黄色・緑色・黒色・褐色と色別され、国産には、黄色系統のものが多く、大小・産地により名称、品質を異にするが、だいたい、味噌、醤油、豆腐、納豆用にする。緑色は青大豆、菓子大豆、キナコマメと呼ばれ、豆粉用、菓子用として重んじられている。黒豆は、料理用、菓子用として優れ、褐色のものは、茶大豆などで、煮豆、豆腐用になる。<br />　平大豆は黒色、緑色，斑色があり、主として煮豆に用いる。<br />　わが国では五穀の一つとして尊重されている重用な食品であるが、ヨーロッパでも「畑の肉」と称えられ、ドイツでは「魔法の豆」と重用されている。</p>
<p>　これほど貴重な大豆は、われわれの日常生活の中で深く関わっていて、なんらかの形で、殆どと言っていいくらい毎日食卓に並んでいる。<br />　朝食の納豆にはじまり、豆腐の味噌汁、味付けの醤油、煮豆、オヤツのアン類、キナコなど数え上げればキリがない。<br />枝豆は、酒席の通しものとして愛好されるので、ハシリを競うようにして早生種が用いられるが、もともと陰暦９月13夜を豆名月というぐらいだから、秋もたけなわになってからが豆の本気節で、小粒よりも大粒が美味。枝についたままゆでたのも風情があるが、一さやずつにハサミで切り、ゆで加減を見てザルに盛り、ワサビ醤油を添えるのも、イキなものである。また、ある料理熱心な、友人に聞いたことがあるが、熱湯をくぐらせる程度にざっとゆであげて、はじき出したのを、布に包んで糠みそに漬けると、風流な漬物になる。焼きみょうばんを少々加えて塩漬けにすると、冬まで持ち越しても色は変らず、酒にも食事にも喜ばれる。<br />　黒豆は一日くらい水につけて、そのまま、とろ火にかけて柔らかくなるまで気ながに煮てから砂糖、塩を加え、含む程度で火からおろし、あとは蒸らして追熟させると硬くならない。黒豆の煮汁に熱湯を加えて常用すると、声帯を整え咳の薬になるという。黒豆を炒って熱湯に入れそのままぐらぐらと煮てた汁は、香りよく古来愛用されていた。<br />葛　城　陽　子</p>
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		<title>お菓子の歴史</title>
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		<pubDate>Mon, 01 Oct 2012 01:03:59 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[<p>原始時代の菓子は果実で、日本でも太古肉食時代には植物性捕食、栄養の調整のために果実で補ったとされている。「古事 [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2012/10/01/post141/">お菓子の歴史</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img143_1209d.jpg" class="pict_right" alt="1209d.jpg" title="1209d.jpg" width="250" height="166" /><br />原始時代の菓子は果実で、日本でも太古肉食時代には植物性捕食、栄養の調整のために果実で補ったとされている。「古事記」にヨモツシコメがエビカズラ（野葡萄）の実を拾い食べたとか、イザナギノミコトが、ヨモツヒラサカで桃の実をとって投げたとか、とある。<br />
<span id="more-141"></span><br />
　垂仁天皇の90(61)年２月、田道間守を常世の国へ遣わして非時香菓を求めさせたのが、渡来果実の始めとなっている。<br />「香菓」は柑橘類の総称、「非時」は時期を超越すると言う意味だから、冬に黄熟しても、夏は青緑にかえる橙の類だろうと言われている。後世、田道間守をしてわが国の菓子の祖神とされている<br />　淳仁天皇の天平宝字３（795）年には平城京の四方に菓子の並木を植えしめ、次いで平城天皇の大同元（806）年にも街路樹として、漆と共に果樹を植えるようにとの太政官符が発せられている。通行の大衆が日中の暑気を避けるということと，餓える者は、取って食べてもいいということだったらしい。<br />　孝謙天皇の天平勝宝６（754）年に唐僧鑑真によって、砂糖がもたらされたが、ほんの少しで高貴薬とされ食用として普及はしなかった。果実以外の穀類による菓子の製造がはじまったのは、奈良朝の直前の頃だろうといわれている。既に唐菓子の渡来により、その影響で無糖の餅菓子が造り始められた。<br />　唐菓子は、仏教伝来以後に輸入されたが、奈良時代を経てようやく発達した。そのうちコントンは、ウドン、ホウトウは麺類になり、菓子として残っているのは、後世オコシといわれたコメくらいである。<br />　餅菓子は日本固有のものとして発達し、内裏では「福生菓」として重用され、一般にも慶弔用として現代にも用いられている。室町時代になって、北条泰時が倹約の趣旨から風流菓子の製造を禁じたので、ボタモチや草餅の傾向をたどり、草餅の材料は、ハハコグサ（モチヨモギ）だったが、モグサが主に用いられるようになった。依頼、モグサがヨモギといわれて、草餅の代表材料になった。またシナ饅頭の製法が、日本式になって、奈良饅頭となり、塩瀬饅頭となり、茶菓子となり、京菓子となり、上菓子となっていった。<br />　砂糖を使えるようになって、菓子といえば砂糖菓子となったが、やがて、乾菓子と生菓子に分れ、茶会によって乾菓子は発達したが、室町以後は、上菓子を用い、また白砂糖は上菓子司に限られ、黒砂糖で雑菓子、駄菓子を作った。<br />　羊羹は鎌倉時代以前に伝来し、室町・安土を経て天正15（1589）年伏見駿河屋の祖先岡本善右衛門が羊羹を製造したのが始まりで、以後練羊羹、小倉羊羹とか、地方に流行して、各地名物の羊羹となった。　　　　　　　　　　　　東　雲　宣　子</p>
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		<title>すき焼き</title>
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		<pubDate>Mon, 01 Oct 2012 01:02:43 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[2012年秋・冬号]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>知人の三姉妹が、四方山話の末に美味しい「すき焼き」を食べに行こうということになった。何処に行ったら良いか、と相 [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2012/10/01/post140/">すき焼き</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img142_1209b.jpg" class="pict_right" alt="1209b.jpg" title="1209b.jpg" width="249" height="166" /><br />知人の三姉妹が、四方山話の末に美味しい「すき焼き」を食べに行こうということになった。何処に行ったら良いか、と相談されたので「すき焼きというものは、おうちで食べるものだと思うけど、どうして、わざわざ外食するの？」といぶかる私に、知人は、こう答えた。<br />
<span id="more-140"></span><br />
長姉は、「夫と二人暮らしで、僅かしか食べないのに、食材を多種類も仕入れたら後が大変で、料理種類を変えたところで、同じようなものを毎日食べているような気がしてつい、いつの間にか「すき焼き」をしなくなった」という。<br />次姉は、「夫を亡くしてからは、一人暮らしで、やはり小さなお鍋にすき焼きのマネごとみたいなことはするが、本格的なすき焼きらしいすき焼きは、久しく食べていない」という。<br />知人は勤めているので帰りの遅い夜もあり、一人で食事をすることが多く、息子夫婦や孫達と同居していても帰りの遅い日は、お嫁さんが、小さいお鍋に一人前をちゃんと用意をしておいてくれる」らしい。<br />「子どもの頃大家族で、すき焼きを食べていた頃は、一生懸命お肉を取り合いし、なぜか、イトコンニャクを探し、活気に満ちた食卓の雰囲気は、もはやなくなって、いつも物足りない。」と言う。<br />　それで、盛大に「すき焼き」を食べに行こう。となった。そして私も仲間に入れてもらうことになった。<br />「料理談合集」には＜鋤焼＞の題目に、「雁・鴨・カモシカの類を作り、豆油（たまり）に浸け置き、古く使った、カラスキを火の上で焼き、柚子の輪切りを後先において、鋤の上に肉類を焼くなり、色変るほどにて食してよし。」とある、<br />　古来竈神（かまどがみ）の戒めとして、家畜の肉を忌避した日本人が、初めて肉を知ったのは、キリスト教の伝来以降と伝えられ、室町末期から江戸初期までは、かなり肉食が流行したらしい。その後、宗門の禁制と共に牛肉食は自然に停止されて、調理法は野性の鳥獣肉に応用された。<br />　江戸末期から信教自由の明治になって急速に肉食が盛んになっても、地方では、因習からなお避ける者が多く、たまたま食べたいと思っても日頃使用の鍋は使わず、耕作用の鍬、鍬を利用して納屋または野外などでひそかに食べたと言う。<br />　すき焼きの名は、鍬で焼いたからで、その名がついたということや、肉をウスきりにするスキ身にして焼くことからという説もある。すき焼きほど千差万別の味つけがあるのには、驚かされる。醤油、砂糖、みりんなどを好きなものを好きなだけ使い、それぞれが、自分の味というものを持っているだけに、同じ材料を使用しながら、こんなに味が違うものかと、自分の味と全く違うスキ焼きに面食らうときもある。あまり＜我＞の強い＜自分の味＞にこだわる人とは、会食しないのが無難と思う。　　<br />東　雲　宣　子</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2012/10/01/post140/">すき焼き</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
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