<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>甘辛のれん会 &#187; 2015年新春号</title>
	<atom:link href="http://amakaranoren.com/category/cat41/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://amakaranoren.com</link>
	<description>甘辛のれん会のウェブサイト</description>
	<lastBuildDate>Wed, 31 Dec 2025 16:15:26 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=4.2.38</generator>
	<item>
		<title>のれんメール</title>
		<link>http://amakaranoren.com/2014/12/26/post184/</link>
		<comments>http://amakaranoren.com/2014/12/26/post184/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 26 Dec 2014 05:30:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[hm_product]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2015年新春号]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://amakaranoren.com/cms/?p=184</guid>
		<description><![CDATA[<p>のれん　２７年１，２新春号★ 草の戸に住むうれしさよわかなつみ　　久　女（一　月）★ 春場所の其横綱の男ぶり　 [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2014/12/26/post184/">のれんメール</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img9_illust05.jpg" class="pict_right" alt="photo05.jpg" title="photo05.jpg" width="250" height="166" /></p>
<p>のれん　２７年１，２新春号<br />★	草の戸に住むうれしさよわかなつみ　　久　女（一　月）<br />★	春場所の其横綱の男ぶり　　　　　　　虚　子（一　月）<br />★	片づけて子とあそびけり針供養　　　　つる女（二　月）<br />★	春の風邪あなどり遊ぶ女かな　　　　　清三郎（二　月）<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　新歳時記より<br />
<span id="more-184"></span><br />
＜新年の　絆　新たに　老舗（甘辛のれん会）の品＞</p>
<p>あらたまの年立ち返り、皆様方のご多幸とご健康を祈念申します。<br />新しい気持ちで迎えた新春。なに事もなく無事に過ごせるように努力し、それでも何か良いことがありそうだと期待しながら、日々が過ぎてゆきます。<br />平和と景気の回復を祈る気持ちで一杯でございます。世の中いかに進歩いたしましても、食文化と人間の関係は、深い絆となって支え合ってまいりました。食べ物を扱います我々にとりまして、伝統を受け継ぎながら、伝統の重みは大切にして、時代に沿った食文化の向上をと絶えず励んでおります。<br />本年も相変わりませずご愛顧いただきますようにお願い申し上げます。</p>
<p>甘辛のれん会　　すし萬主人　　小　倉　宏　之</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2014/12/26/post184/">のれんメール</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://amakaranoren.com/2014/12/26/post184/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>花に寄せて 万年青（おもと）</title>
		<link>http://amakaranoren.com/2014/12/26/post183/</link>
		<comments>http://amakaranoren.com/2014/12/26/post183/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 26 Dec 2014 05:29:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[hm_product]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2015年新春号]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://amakaranoren.com/cms/?p=183</guid>
		<description><![CDATA[<p>我が家の鉢植えの万年青が、真っ赤に色づいてきた。万年青はその名が示す通り、常緑の葉と赤い実が美しくて、じっと見 [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2014/12/26/post183/">花に寄せて 万年青（おもと）</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img177_d.jpg" class="pict_right" alt="d.jpg" title="d.jpg" width="250" height="166" /><br />我が家の鉢植えの万年青が、真っ赤に色づいてきた。万年青はその名が示す通り、常緑の葉と赤い実が美しくて、じっと見ていると、心がなごんでくる。庭のある家に、たいてい下草として植えられているが、花だけで終わり、実のならないこともある。</p>
<p>我が家の万年青は、年代もので、約40年ほど前に、現在の家を購入した時からすでに、万年青は、植えてあった。敷地の真ん中に小さな住まいが、建てられてあり、周囲の空いている土地に、沢山の木々や草花が植えてあった。暫くは、その家に住み、古いながら書院造り風のたたずまいが気に入って、気分を安らげてくれていた。読書で疲れた時など庭に出て、咲いている花に語りかけるようにして時を過ごしたことが、いまでは、懐かしい想い出になってしまった。<br />
<span id="more-183"></span><br />
子ども達が大きくなって、手狭になったので、建て替えることになり、家を大きくした為に当然のことながら、庭が狭くなり、木々は殆ど切り倒され、ひっそりと踏まれながら痛々しく残っていたのが、少しだけあり、万年青は、その中の一つであった。</p>
<p>万年青は原産地は中国、日本で。ユリ科オモト属。英名はリリー　オブ　チャイナ。常緑多年草で、暖地の林の中に野生も見られる。観賞用の下草として、家庭の庭によく植えられている。株が大きいので「大本（おもと）」と書かれていたが、常緑の葉を意味する漢名をそのまま用いられた。<br />　<br />万年青は親葉から若葉へ、新葉へと次々にゆずりつつ栄えるので、外側の古葉と内側の若葉が尽きることなく入替るのを、永続性の象徴。さらに新葉が生長すると、旧葉との内から翌年の新々葉になると実が出来るので、子孫存続・繁栄の象徴と見なして、婚礼や正月花などの慶事に用いられてきた。古くは「老母草」とも書かれていた。<br />　<br />我が家の庭の万年青は、まるで雑草のように増えまくり、そして時期が来れば赤い実を成らせ、私の自慢となった。羨ましがる友人に株分けしてあげたら、それがまた見事に実が成り、その友人の友人も分けてほしいと申し出があって、株分けをしてあげているうちに我が家の万年青の実が成らなくなった。そんな状態が数年も続いただろうか。株分けした皆さんは、鉢植えで咲いているので、朝日の当たる、雨が直接当たらない軒下に鉢を並べて、花が咲いた後は、花に水がかからないように注意して他の鉢植えより少なめにする。その結果、花が咲き実が成るようになった。このやり方が正解かどうか解らないが、今年は特に大きな実が成り、しかも、美しい光沢を放っている。</p>
<p>葛　城　陽　子</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2014/12/26/post183/">花に寄せて 万年青（おもと）</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://amakaranoren.com/2014/12/26/post183/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>老舗と私  米忠味噌株式会社</title>
		<link>http://amakaranoren.com/2014/12/26/post182/</link>
		<comments>http://amakaranoren.com/2014/12/26/post182/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 26 Dec 2014 05:28:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[hm_product]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2015年新春号]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://amakaranoren.com/cms/?p=182</guid>
		<description><![CDATA[<p>宝暦年間より、大阪・江戸堀にて米屋を営みその後、文政3年初代忠助が、自家製造していた味噌を近所とか知り合いに進 [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2014/12/26/post182/">老舗と私  米忠味噌株式会社</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img176_c.jpg" class="pict_right" alt="c.jpg" title="c.jpg" width="250" height="166" /><br />宝暦年間より、大阪・江戸堀にて米屋を営みその後、文政3年初代忠助が、自家製造していた味噌を近所とか知り合いに進呈していたのが、あまりにも美味しいので、評判になり、次から次へと依頼されるので、とうとう味噌醸造を専門に手掛けるようになった。</p>
<p>米屋の忠助が、つくる味噌だから、米忠と名付けられた。以後、食い倒れの大阪にあって、大阪の食文化を担って、今日まで、＜のれん＞を守ってきた。<br />
<span id="more-182"></span><br />
大正、昭和と引き続き、天皇陛下がご来阪の砌には、ご食膳にのぼる程の信頼を得ている。大阪で味噌と言えば、即＜米忠＞ということで、返事がはね返ってくる。それほど親しまれていたということである。上方料理とともに育てられた」料理味噌として、自他ともに、日本一と認められている。<br />味噌の原料は、大豆を主とし、麹の酵素の力でアミノ酸化させ、植物性の蛋白、脂肪、デンプンを主体とし、塩分で保存性を保たせている。</p>
<p>＜米忠＞の味噌は、ほぼ完全食に近く、自然の優しさが持つ、特有の美味しさ、その上に栄養分の体内吸収も良いとされている。</p>
<p>保存食品である以上塩分は不可欠といえるが、血圧の関係とか、健康上の関係で、最近は、塩分控えめが、主流になっているのをふまえ、以前から研究を続けている。安心してご使用いただける。</p>
<p>お正月のお雑煮は、関西では、白味噌が、定番となっているが、特に＜米忠＞の白味噌のお雑煮は格別の美味しさである。<br />　<br />私と＜米忠＞の白味噌との出会いは、随分前にさかのぼる。三月に結婚式を控えた年の正月に、母は、＜米忠＞の白味噌を使って、お雑煮をこしらえてくれた。お雑煮の具と白味噌のハーモニーは、例年のお雑煮より一層美味しく、上品な味わいは、一生忘れられない。私にとって、心にしみ込んだ＜おふくろの味＞となった。</p>
<p>結婚してから数年間は、姑が一切しきっていたので、私は炊事をすることもなく、楽をさせてもらったが、姑は、関東の人であったので、お雑煮は関東風の清汁にホウレン草とお餅を入れるだけで、その時、お雑煮も色々あるものだということを認識した。反対に友人は関東へ行っても、白味噌仕立てのお雑煮に拘っているとか。やはり故郷の味は、忘れ得ぬものなのだろう。かくいう私は、暫くは、一日は婚家で清汁のお雑煮を食べ、二日に実家で白味噌仕立てのお雑煮を食べていた。</p>
<p>葛　城　陽　子</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2014/12/26/post182/">老舗と私  米忠味噌株式会社</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://amakaranoren.com/2014/12/26/post182/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>老舗と私 菊正宗酒造株式会社</title>
		<link>http://amakaranoren.com/2014/12/26/post181/</link>
		<comments>http://amakaranoren.com/2014/12/26/post181/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 26 Dec 2014 05:25:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[hm_product]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2015年新春号]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://amakaranoren.com/cms/?p=181</guid>
		<description><![CDATA[<p>万治2年（1659）摂津国御影郷＜神戸市東灘区御影＞にて創業。現在に至る357年に及ぶ間、たゆまざる研究で常に [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2014/12/26/post181/">老舗と私 菊正宗酒造株式会社</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img175_b.jpg" class="pict_right" alt="b.jpg" title="b.jpg" width="249" height="166" /><br />万治2年（1659）摂津国御影郷＜神戸市東灘区御影＞にて創業。現在に至る357年に及ぶ間、たゆまざる研究で常にその時代、時代を先取りし、日本酒のトップ・ブランドとしてあり続けている。</p>
<p>天保11年（1840）には、西宮市に酒造りに好適な＜宮水＞が発見されて、さらに、文化年間に優れた杜氏を輩出させている、丹波地方の技術者が蔵に入り、現在に伝えられる優れた技術を生み出した。こうした技術革新を積み重ねて、菊正宗は業界のトップを守り続けている。<br />
<span id="more-181"></span><br />
●昭和49年に「四季醸造蔵＜菊栄工場＞」を完成させ、菊正宗を一年中供給出来る。<br />●昭和50年に「辛口宣言」を行い、日本酒の主流だった甘口傾向を一変させた。そして、今日の辛口ブームの口火を切ることになった。<br />●昭和63年には、主力商品の全てを本醸造化し、本物の味を消費者へ提供していくことを使命としている。</p>
<p>菊正宗が社会の大勢や変革に押し流されることなく、本流の味を一筋に守り抜くことで、より良いものを社会に提供していくことが出来ると確信している。</p>
<p>　何度か工場見学をさせてもらったが、最初の見学が、強列に印象に残っている。<br />最新の設備を誇る整備された＜蔵＞は「伝統日々新」。重厚な伝統と、たゆまざる最新の磨き抜かれた技術の結晶が、凝結されたこの＜蔵＞からあの＜菊正宗＞が生産されているのだ。後で、いただいた、搾りたての＜菊正宗＞の美味しかったのはいうまでもない。</p>
<p>続いて案内された資料館では、昔からの酒造りの道具類等が展示されている。手造りの道具は、その殆どが木製品で、年輪がくっきりと浮き出ていて、先端は使いこまれていて、擦り減っている。昔の人は、これほど丁寧に、大切に＜もの＞を扱っておられたのだと、感じ入る。</p>
<p>時代の最先端をゆく最新の工場と、昔の酒造りの人々の思いのこもった資料館。酒文化の連綿とした変遷と歴史を感じて、今、この美味しいお酒を飲めることが出来るのである。</p>
<p>海外においても、アメリカをはじめ、アジア、ヨーロッパ、等に対して、マーケﾃｲング活動を実施し、順調に実績を伸ばしている。海外の日本酒ブームの、先駆けとなった＜菊正宗＞の功績は大きく、更なる活躍が期待されている。<br />梶　康子</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2014/12/26/post181/">老舗と私 菊正宗酒造株式会社</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://amakaranoren.com/2014/12/26/post181/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>惷の味 　七草がゆ</title>
		<link>http://amakaranoren.com/2014/12/26/post180/</link>
		<comments>http://amakaranoren.com/2014/12/26/post180/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 26 Dec 2014 05:23:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[hm_product]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2015年新春号]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://amakaranoren.com/cms/?p=180</guid>
		<description><![CDATA[<p>七草がゆの風習は、もう、すたれたのかなと、ある時期に思ったこともありましたが、百貨店やスーパー等で＜七草セット [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2014/12/26/post180/">惷の味 　七草がゆ</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img174_a.jpg" class="pict_right" alt="a.jpg" title="a.jpg" width="250" height="166" /><br />七草がゆの風習は、もう、すたれたのかなと、ある時期に思ったこともありましたが、<br />百貨店やスーパー等で＜七草セット＞で売り出すようになって、結構若いお母さん達も七草がゆを作っているようです。<br />業者の商魂に乗せられているようですが、古来の伝統行事が、<br />受け継がれているのは嬉しいことです。<br />
<span id="more-180"></span><br />
中国の「荊楚（けいそ）歳時記」は六世紀の頃の湖南と湖北地方の年中行事、人事、自然をまとめたもので「正月七日を人日（じんじつ）となす。七種の菜を以って羹（あつもの）をつくる」とある。人日とは、正月上の子の日に、郊外の山野に出て、小松を引き遊ぶ「子の日の遊び」の行事があり、その時若菜を摘んで羹に調理し供した習いも古く、光孝天皇は料理や若菜摘みを好まれ、小倉百人一首に<br />＜君がため春の野に出でて若菜摘む　わが衣手に雪はふりつつ＞の歌を残されたが、その後継の宇多天皇（889～898）が父の天皇を偲び、中国の風習を取り入れられたのが、日本の七種行事の始まりと言われています。後に五節句の一つになり、清少納言の「枕草子」にも書かれています。<br />　●セリ　●ナズナ＜ペンペン草＞　●オギョウ＜ゴギョウ・ハハコ草＞　●ハコベラ　●ホトケノザ＜コオニタビラコ＞　●スズナ＜カブ＞　●スズシロ＜大根＞が正式の七種で、これを俎板の上に並べ、「七草なずな唐土（とうど）の鳥が日本の土地に渡らぬ先に七種祝う。」とはやしたてながら、その年の恵方に向かって包丁で若菜をたたき刻み、七草がゆで万病を防ぎ、七種たたきで、害鳥を追う行事。これは、大陸から毒鳥が渡来して本土に疫病を蔓延させるから、渡り鳥が来る前に打ち払うのだということです。<br />　七種の種類や、七種たたきのはやしは、地方によってまちまちで、七種といっても雪深い地方では数も限られます。ニンジン、ゴボウ、クリ、セリ、タラの芽,大根、くしがきを七種とするのが東北地方の一部にあるそうです。京都では周辺の野から若菜を集めました。昔「七野の七草」と称して、<br />◎大原のセリ　◎内野のナズナ　◎平野のゴギョウ　◎嵯峨野のホトケノザ　◎紫野のスズナ　◎北野のスズシロ。これらを選んで宮中へ納める習いでありましたが、民間では後にナズナが七草を代表して青菜と共に用いられることが多くなりました。</p>
<p>　有色野菜が少ない冬に、若菜を探して、ビタミンや栄養を補給しようとした昔の人の生活の知恵でもあるわけです。年中、緑黄色野菜に恵まれていながら、野菜離れのも多い昨今、食生活を考え直す日にしてはいかがでしょうか。<br />華　岡　弥　生</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2014/12/26/post180/">惷の味 　七草がゆ</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://amakaranoren.com/2014/12/26/post180/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>
