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	<title>甘辛のれん会 &#187; 2013年秋・冬号</title>
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	<description>甘辛のれん会のウェブサイト</description>
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		<title>のれんメール</title>
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		<pubDate>Tue, 01 Oct 2013 06:42:42 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[2013年秋・冬号]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>　　　★　浮雲のを（ママ）りかさなるや後の月　　十　丈（十　月）　　　★　御留守居に申し置くなり神無月　　　　 [&#8230;]</p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>　　　★　浮雲のを（ママ）りかさなるや後の月　　十　丈（十　月）<br />　　　★　御留守居に申し置くなり神無月　　　　　其　角（十一月）<br />　　　★　枯菊を刈れば翔ったり冬の蝶　　　　　　夏　叫（十二月）<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　新歳時記より</p>
<p>　　　<br />
<span id="more-159"></span><br />
　　　＜贈り物は　すでに　おなじみ　老舗「甘辛のれん会の店」の品を＞</p>
<p>　本年の最終号となりました。長いようで短いようでもありました。過去の記録を塗り替える多くの災害や、悲しい出来事は、思い返しても胸が痛くなります。でも、オリンピックの東京開催決定とか、明るいニュースもございます。希望を持って新しい年を迎えたいと念じております。<br />　何かと、気を遣う贈り物は、いただいたお方が、心から喜んでいただけるものを、お薦めいたします。当「甘辛のれん会」の老舗の品は、信用の積み重ねの品々で御座います。是非ご用命をお待ちいたしております。</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　甘辛のれん会　　すし萬・主人　　小　倉　広　之　</p>
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		<title>老舗紹介-続　ダイジェスト</title>
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		<pubDate>Tue, 01 Oct 2013 06:36:39 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[2013年秋・冬号]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>前号に引き続き、＜甘辛のれん会＞加盟店の老舗各店を紹介させていただきます。 ▲　サントリーホールデｲングス株式 [&#8230;]</p>
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]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img158_rouho.jpg" class="pict_right" alt="rouho" title="rouho" width="249" height="166" /><br />前号に引き続き、＜甘辛のれん会＞加盟店の老舗各店を紹介させていただきます。</p>
<p>▲　サントリーホールデｲングス株式会社<br />　赤玉ポートワインが大ヒットし、赤玉は太陽を表し、英語でサン、社長の鳥井信治郎のトリイよりサントリーと名づけられた。京都府山崎の水が美味しく、醸造に適していたので、この地より有名ウイスキーが、生産され、世界でも高い評価を得て、数々の海外での世界最高賞を受賞している。<br />
<span id="more-158"></span><br />
　業界を常にリードし、揺るぎなき業績を誇るサントリー製品は、お店でも、ご家庭でも親しまれるのは、高級感あふれる満足な充実感と共に、安らぎを得られるからである。　</p>
<p>▲　日本盛株式会社（清酒）<br />　兵庫県の灘・西宮の宮水で造られた銘酒「日本盛」は日本酒造りに好適の「山田錦」を使い、＜うまくてその上、からだ想い＞をコンセプトに時代の求める研究を重ねている。今日の高齢化社会、高度ストレス社会により、一般的に時代の視点は、＜心とからだの健康＞を求める傾向は益々強い。このような時代背景の中で、同じ飲むのなら、肝臓の機能に対してやさしいビタミンのイノシントールが、従来の日本酒より多量に用いた「健醸」をお薦めしたい。お酒を楽しみ健康を維持したいというこだわりのお酒である。　</p>
<p>▲　大関株式会社（清酒）<br />　（正徳元年1711）に創業。初代当主、大坂屋長兵衛から受け継がれた酒造りの技と心を、伝え、いつの時代においても、常に顧客のニーズを的確に把握し、あるいはそれを先取りして、数多くの商品を生み出してきた。<br />　「大関」の語源は、昔、日本国中より力量抜群の、王城を守護する防人の間に力、技を競わせ、最優秀者に名誉ある「大関」の称号を与えたことによる。格式の高いものである。因みに、今日の横綱は、江戸時代に創定されたものである。</p>
<p>▲　長龍酒造株式会社（清酒）<br />　大正12年酒類小売業、飯田商店として創業。日本酒を中心とした酒類の総合販売に発展。飯田グループを形成。そのうちの清酒製造部門が長龍酒造株式会社である。<br />　古事記以来大和（奈良県）は日本のお酒の発祥の地である。「広陵蔵」は、＜熟練した南部杜氏による手造りの醸造＞と、＜コンピューター制御による醸造（杜氏の経験を基に工程をプログラミング）＞を併設した最新の設備で、常に核心と新しい展開を求めチャレンジし、メンバー個々に創意工夫を重ね、今日の繁栄に至っている。</p>
<p>▲　美々卯（うどんすき・そば）<br />　堺市で、200年以上続いた料亭を、大正１３年に麺類専門店としてはじめたのが、現在の美々卯である。登録商標の「うどんすき」は大阪の代表的名物になっているが、木枯らしが吹き出すと、「うどんすき」が食べたくなる。　鰹と昆布からとる秘伝の出し汁に数々の具。（海老・鶏肉・穴子・蛤・各種野菜・餅など）どれもが、最高級品で、腰のあるうどん。これだけのものを一緒に煮ても、出し汁は濁らず、それぞれの風味を賞味できる老舗の技である。忘年会・新年会・家族団欒・おもてなしに重宝。</p>
<p>▲　正弁丹吾亭（一品料理）<br />　明治26年に極楽小路（今の法善寺横丁）南西角に関東煮（かんとうだき・大阪では、かんとだきという）を看板にしたのが、はじまりである。終戦直後に、法善寺本堂は全焼したが、その後現在の場所に移った。2002年９月、道頓堀中座の火事で、類焼してしまったが、2003年７月に新装オープンした。老舗の格調の高さを守りながら、親しみやすい雰囲気の店である。かつて、織田作之助や多くの文化人に愛された一品料理と、一味違う季節の料理は、客を和ませ、いつのまにか馴染みの客にしてしまう。</p>
<p>▲　大寅蒲鉾株式会社（かまぼこ）<br />　明治９年創業以来実に１３７年。蒲鉾一筋に老舗の味を造り続け、守り続けてきた伝統の味は、特選された材料に、さらに吟味を重ね、丹精こめて出来上がったのが、大阪の味である。良質の蒲鉾は、低カロリー、高タンパクの食品として、食生活をリードする。<br />　お節料理に欠かせないのが蒲鉾で、見た目の美しさは言うまでもなく、中味の美味しさは、風情のある舌触り、重厚な歯ざわりとともに、蒲鉾の最高峰として定評がある。<br />　贈答用として重宝されているのもそこにあり、年末年始の贈答用に最適な逸品である。</p>
<p>▲株式会社　小鯛雀鮨鮨萬（小鯛雀鮨）<br />	承応２年（1653）浪速屋七郎左エ門が、魚屋を開業し、副業として雀鮨を商ってから、360年もの伝統を培ってきた。その間天明元年（1781）京都の禁裏へ献じることになり、八代萬助が、小鯛雀鮨を調達し、好評を得たので、雀鮨専門となり、以来、御用御雀鮨師を世襲している。すしの生命はお米。「飯に六部の味」といわれるくらいにお米の品質が問われるが、まろやかなハリのある、すしご飯は他には見られない。類似品の出てこない、創意と工夫の、秘伝・家伝の伝統の味である。勿論、材料は明石鯛の一本釣り。</p>
<p>▲ 株式会社　大阪の駿河屋（練羊羹）<br />　天保８年（1837）大阪の商いの中心船場淡路町に総本家駿河屋より分家し、大阪城御用菓子司として創業。その後瓦町に移転し、羊羹以外に生菓子・干菓子の製造販売を始めた。昭和２６年（1951）平野町にて株式会社に改組。創業以来176年、歴史の上にたって、常に創造的な経営に心がけ、菓子文化の向上を目指して、社会に奉仕し、老舗としての確かな歩みを残し、時代のニーズに適応しあるいは先取りし、技術の革新・製品開発に努力している。甘さを押さえ、見た目も美しく、美味な逸品揃いである。</p>
<p>▲　株式会社　あみだ池大黒（おこし）<br />　おこしは、おこし米を原料として上古代よりあり、日本で一番古いお菓子とされている。「あみだ池大黒」が、大阪で、＜おこし＞の製造販売を始めたのは、文化２年で、味に厳しい上方の人々に愛され、親しまれ、今日に及んでいる。明治40年（1907）当時輸入品だったピーナッツを使い、シャトル国際博に出展した「福おのし」は、あみだ池大黒のシンボルの商品として、多くの人に愛され大阪名物となった。２００年以上続いた老舗とし、時代のニーズに応え若い人たち向けのものを開発し、好評をえている。<br />　</p>
<p>▲　株式会社　小倉屋山本（昆布）<br />	嘉永元年（1848）初代山本利助が、大阪新町橋のほとりに「のれん」を掲げた。今日まで常に原藻の精選と独自の加工法に心を砕き、何ものにも替えがたい伝統によって、時代のニーズに敏感で、時流にそって世代に適した新しい味を、各種の逸品としてうみだしている。看板商品である、角切り塩吹き昆布の「えびすめ」は、北海道南産の最高級の昆布を選りすぐって煮込み、古くから伝わった方法で仕上げた塩昆布の絶品で人をして＜美味しすぎる＞と言わせ、繊細で優雅。濃密にして深遠。和の豊潤の結晶である。</p>
<p>▲　株式会社　松前屋（昆布）<br />（1912　大正元年）に松村弁二郎、順兵衛兄弟の手によって、大阪に誕生した。原料から商品化するまで、何回もの厳しい選別を行う。独自の技法は１００年も経った現在も変わらず受け継がれている。手作りの良さに、こだわり、各製造過程において、可能な限り、職人の手で行っている。創業以来の初心を忘れず、道南産の昆布にこだわり続けた代表作「とこわか」は、一枚一枚を丁寧に吟味し、伝統の技に心を打ち込んだ作品で、重厚な風格、丹精込めた風味はゴージャスで美味。食卓を華やかな気分がする。</p>
<p>▲　株式会社　先春園（銘茶）<br />大阪で現存する茶舗で、一番古い歴史を持つといわれている。創業文久３年（1863）当時の両替商ベスト10の一人天王寺屋五平衛の番頭をしていた、荒堀源之助が別家するにつき、初代として茶の小売業を始めた。屋号は、源之助の友人が、「中国の明の時代に皇室の茶園があって、先春山といった。その名を拝借して先春園と改めるのがいい」と勧めた。＜客来敬茶＞という言葉があるが、来客があれば、先ずお茶を出すのが、客<br />に敬意を表する礼儀である。また、数々の由緒あるお茶会に伝統の香味を納めている。</p>
<p>●　ダイジェスト版につきアウトラインのみの紹介に終わりましたが、折りにふれ、各店の新製品等をお知らせしてゆきたいと思っております。どの店も地方発送、あるいは、海外発送もしておりますので、別ページのホームページにてお問合せ下さい。年末・年始のご贈答最適品ばかりでございます。ご用命をお待ちしております。　　（編集部）</p>
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		<title>お弁当</title>
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		<pubDate>Tue, 01 Oct 2013 01:29:38 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[2013年秋・冬号]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>　秋の行楽のシーズンです。ハイキング、運動会、遠足、地域の子ども会の行事等。お弁当を食べる機会が多くなる。　私 [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2013/10/01/post157/">お弁当</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img156_obentou.jpg" class="pict_right" alt="obentou" title="obentou" width="249" height="166" /><br />　秋の行楽のシーズンです。ハイキング、運動会、遠足、地域の子ども会の行事等。お弁当を食べる機会が多くなる。<br />　私の子どもの頃は、戦争中だったので、いわゆる「日の丸弁当」と決められていて、四角い弁当箱にご飯を敷き詰め、真ん中に梅干し一つをのせ、あたかも日の丸の旗に仕上げてあったので、「日の丸弁当」といわれていた。「贅沢は敵だ」という時代だったのである。</p>
<p>　当時、私は、梅干しが嫌いで食べられなかったので、母はその頃貴重品扱いの卵を焼いて、ご飯の下に隠してくれたりした。子どもなりに、母の思いやりが嬉しくて今でも忘れられないが、その時は、誰にも見つからないように、食べるのに苦労したのも事実で、それも今は、懐かしい思い出になってしまった。<br />
<span id="more-157"></span><br />
　孫娘二人が、ガールスカウトにお世話になっていたとき、ガールスカウトの集会の日には「スカウト弁当」と呼ばれるものを持って行く。中味は「日の丸弁当」と同じような感じで、おむすびに梅干しだけを入れている。実際は塩昆布とかふりかけとかも入れてよいらしく、昔ほど厳しくない。趣旨として、家族に負担をかけないで、自分で作れるようにとのことらしい。</p>
<p>　弁当はもともと、山や野、海に働きに行くときに持参したもので、また、花見などの行楽のときは、華やいだものを、自家製のご飯や料理を持って行った。<br />　江戸時代になって、芝居見物の幕間に食べるための、幕の内弁当が生まれ、仕出し屋から取り寄せる弁当ができた。<br />　鉄道の発達につれて、駅弁も出現し、旅客のニーズにこたえ、地方の特産物に工夫を凝らし、多様化していった。</p>
<p>　通勤・通学にも弁当持参だったから、ごく普通に日常的な材料で、愛情をこめて作っても、どうしても、マンネリ化になりがちで、作る者としては、当たり前のようでも、苦労したものである。学校給食が普及してからは、母親（主に母親）は、お弁当作りをしなくてもよくなったが、愛情の伝達方法としてのコミニケーションが、一つなくなったような思いがする。<br />　最近は＜愛妻弁当＞なる言葉も耳にしなくなったが、皆無とまではいわないが、少なくなったのは否めない。時代の流れ、諸般の事情ということだろうか。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　東　雲　宣　子</p>
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