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	<title>甘辛のれん会 &#187; 60周7・8・9月号</title>
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	<description>甘辛のれん会のウェブサイト</description>
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		<title>●すし萬　雀鮨</title>
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		<pubDate>Fri, 31 May 2024 15:01:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[amakara]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[60周7・8・9月号]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>　承応二年(1653)浪速・大阪七郎左衛門町にて、初代萬助が魚屋を開業した。副業に江鮒の雀鮨を商っていた。 　 [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2024/06/01/%e2%97%8f%e3%81%99%e3%81%97%e8%90%ac%e3%80%80%e9%9b%80%e9%ae%a8/">●すし萬　雀鮨</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://amakaranoren.com/cms/wp-content/uploads/2024/06/スクリーンショット-2024-05-31-115038.png"><img src="http://amakaranoren.com/cms/wp-content/uploads/2024/06/スクリーンショット-2024-05-31-115038.png" alt="スクリーンショット 2024-05-31 115038" width="295" height="245" class="alignright size-full wp-image-2342" /></a><br />
　承応二年(1653)浪速・大阪七郎左衛門町にて、初代萬助が魚屋を開業した。副業に江鮒の雀鮨を商っていた。<br />
　天明二年(1781)京都の禁裏へ献じることになり、八代萬助が小鯛雀鮨を調進し、好評を得たので、雀鮨の専門店となり、以来、御用御鮨師を世襲している。</p>
<p>★すしの生命はお米。<br />
　＜飯に六分の味＞といわれるくらいで、最高級の米を仕入れている。＜すし萬＞独特の、まろやかな、ハリのあるすしご飯は、他のすしには見られない。類似品も出てこない卓越した、＜すしご飯＞は、他者に真似しようのない、創意と工夫がなされているからである。<br />
　実際に、初めて口にした時、私も例えようもないくらいに美味しかったのを、今も鮮明に覚えている。<span id="more-2305"></span><br />
★雀鮨の材料。<br />
　明石鯛の一本釣り。二歳ものを、吟味された醸造酢、全体を包んでいる昆布は北海道尻岸内産、昔ながらの伝統が、今日の美味に受け継がれているのである。<br />
★製法<br />
＜すし萬＞の製法の理念は、常に味の創造にある。秘伝・家伝に、その時代の味を先取りし、絶えず新しい味づくりに挑戦し、今日の食文化を支えてきた。<br />
　伝統だけに頼らない、＜老舗＞のひたむきな使命と誇りを持ち続けている。<br />
★＜すし萬＞のおすしの抜群の美味しさは、「すしネタ」にあると言いきる人もあるくらいで、そのすしネタをベースに、新鮮な選ばれた材料を使った、種々のおすしは、むしろ美味しいのが当然のことである。</p>
<p>★桃山すし　車海老と白身の押しすし。　　<br />
★特製柳すし　鯖の押し寿司で＜松前寿司＞<br />
★阿奈古　巻（穴子寿司）　ちょっと贅沢な煮込み穴子と厚焼きたまごを中具(タネ)にした海苔巻き。<br />
★阿奈古　(穴子)すし　焼穴子とは違った、見るよりは、味覚本位の煮込み穴子の押し寿司。<br />
★元祖イソ巻　　　海苔巻きのイメージを変えた海苔巻き。<br />
★特製うの丸　　　うなぎとキュウリの海苔巻き。<br />
★本ちらし鮨　　　伝承された、最高級の本格的ちらし寿司。<br />
★吹き寄せ　　　　浪花風のちらし寿司。<br />
★上方茶巾すし　　お茶事、点心向きで、人気を集めている。</p>
<p>　私がはじめて＜すし萬＞の雀鮨を食したのは、随分以前のことであった。会社に勤務していた頃、東京の本社から重役たちが、出張してくると、必ずお土産に＜すし萬＞の雀鮨と決まっていた。それを買うために女子社員が、当時は筋違橋にあった、＜すし萬＞の本店まで行ったものである。<br />
　その時は、どうして＜すし萬＞までわざわざ行かなければならないのか？　納得できなかったので、上司に聞いてみた。「東京にはない大阪の味だから」との返事がかえってきた。<br />
　ある日、得意先から「皆さまにてお召し上がりください」と戴いたのが＜すし萬＞の雀鮨であった。上司が「いつも買いにいってくれているのが、どんなお寿司か、味見しますか？女子社員で食べてください」との言葉に、一同大喜びで戴いた。<br />
　その旨さ・感動は、「おすしの芸術品だわ。こんなに美味しいおすしは、始めて食べた」老舗の重みがドッシリと沁み込んだ、長年の間に培われた伝等・品格・重量感とでも表現すれば良いのだろうか？　いまでもしっかり覚えている。たまたま出かけた時に、求めるが、あの時に味わった旨さは、今も昔も変わらない。　　　　　　　　　　　<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　梶　康子</p>
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		<title>食べころ</title>
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		<pubDate>Tue, 28 Feb 2017 15:01:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[amakara]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[60周7・8・9月号]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>どんな食べ物でも＜食べころ＞というものがある。 冷やして食べて美味しいものは、箸をつける寸前まで冷やしておく。 [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2017/03/01/%e9%a3%9f%e3%81%b9%e3%81%93%e3%82%8d/">食べころ</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://amakaranoren.com/cms/wp-content/uploads/2017/03/WS000002.jpg"><img src="http://amakaranoren.com/cms/wp-content/uploads/2017/03/WS000002-300x212.jpg" alt="WS000002" width="300" height="212" class="alignnone size-medium wp-image-551" /></a>どんな食べ物でも＜食べころ＞というものがある。<br />
冷やして食べて美味しいものは、箸をつける寸前まで冷やしておく。熱いものは、器まで暖めておく。だからいったん食卓に並べてしまってから、「今、食べたくないから後にする」なんて言おうものなら、母はひどく落胆したものだ。「食べころだったのに」と嘆く。そんな母に押しつけがましさを感じたこともあったが、料理をする立場になってみて、初めてその気持ちが理解できた。<br />
<span id="more-534"></span></p>
<p>「一度でいいから出来たてのお味噌汁を食べてみたい」と母はたまに愚痴っていたが、いつの間にか私も同じことを思うようになっていた。<br />
<br/><br />
　味噌汁の美味しさは具が柔らかくなったところへ、手早くといた味噌を入れてふき上がったらば、すぐに火からおろして食べるのが、一番。何度も温めるのは、本当の味噌汁とは言えないという。だから味噌汁を食膳に出す頃あいから逆算してあらかじめ煮てある具に味噌を入れる。給仕をしているうちに、味噌汁は冷めてしまい、温めると味が変わる。　<br />
　魚類も一度煮たものは、味が煮しまるので、これも予め準備をしておいて、食べる直前に煮ることになる。　・天ぷら然り。　・肉料理然り。　だから食事時のキッチンは、火事場騒ぎのようになる。<br />
<br/><br />
　自分が食べる気持ちになって、一番美味しい状態のものを食べて戴きたい。これは料理する側の者の信条で、相手に「食べころ」を食べてもらう為には。本人は食べているどころではないのである。若い頃は、あまり「食べころ」を意識せず、なぜ母が「食べころ」にこだわるのか、理解できなかったが、年齢と共に「食べころ」を意識するようになった。<br />
<br/><br />
近頃、加齢による現象か？　それとも長年、家族の「食べころ」を気にして、自分は、いつも冷めたもので済ませてきたせいなのか？　熱いものが、食べられなくなった。かといって、ぬるいものを出されると拒絶感を覚える。やっかいなことだ。<br />
友人とコーヒーを飲みながら、そのことを愚痴ると、その友人も同感だという。<br />
あんなに熱いのが好きだったのに、今は飲めなくなったという。そのくせ、やはり、最初からぬるいのを出されるとイヤだという。色々話し合っているうちに、今、私たちの「食べころ」は、熱いものを、自分の好みに合った温度まで下がるまで待ち、そして、今度はそれ以上冷めないうちに戴くことだということになり、「食べころ」は何時までも、手間のかかる難儀なものだな～　ということになった。<br />
今まではひと様の「食べころ」に心をくばったが、これからは、自分の「食べころ」も大切にしましょう。と、思うようになった。　　　　　　　　　　　　　　</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　梶　　康子　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　葛城　陽子</p>
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		<title>記念号</title>
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		<pubDate>Fri, 01 Jun 2012 01:05:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[hm_product]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[60周7・8・9月号]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>創刊当初よりの＜のれん＞誌の変遷について　甘辛のれん会が設立されて60年を経ましたが、その間にも保管されていた [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2012/06/01/post135/">記念号</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>創刊当初よりの＜のれん＞誌の変遷について<br /><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img136_CCF20120529_00000.jpg" class="pict_right" alt="noren01" title="noren01" width="220" height="160" /><br />　甘辛のれん会が設立されて60年を経ましたが、その間にも保管されていた、＜のれん＞誌が、大阪を襲った台風とか、水びたしの災害等により貴重なバックナンバーが欠落しておりました。私が、＜のれん＞の編集を承った際に、美々卯の薩摩卯一様のご協力で、お手持ちの＜のれん＞をご提供いただきコピーさせていただきました。<br />
<span id="more-135"></span><br />
<img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img137_CCF20120529_00001.jpg" class="pict_left" alt="noren02" title="noren02" width="220" height="220" /></p>
<p>おかげ様でかなり体裁が整いました。<br />それをもとにして、＜甘辛のれん会＞と共に歩んできた＜のれん＞誌を振り返ってみました。今は故人となられたお方様がたのことに思いを馳せ、なかなか仕事は捗らなかったけれど、貴重な時間を得ることができました。<br />　始めは、大久保恒次先生の執筆で、タプロイド版両面でしたが、タテ18cmヨコ20㎝８ページの小冊子に体裁が変わり、各界の有名・名士の寄稿文が、掲載されております。<br /><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img138_CCF20120529_00002.jpg" class="pict_right" alt="noren03" title="noren03" width="220" height="220" /><br />★秋田實氏・前川佐美雄氏・土井　勝氏・鴨居洋子氏・交野繁乃氏・木崎国嘉氏・石浜恒夫氏・井口海仙氏・末次摂子氏・長沖　一氏など数多くの皆様で、枚挙に暇がございません。<br />200号より再び大久保氏の記事となり、表紙のカットは、中国製の切り絵を採用され、<br />中の記事は、もちろん貴重な食品に関しての参考になるものも多々ありましたが、「東西艶笑選」は、月の変るのを待ちかねるというフアンも多くおられました。<br />★例　「ああ、いい気持ち、もっと下のもきつく」新婚の部屋から聞こえるので、下女摺り足で伺い寄って、障子に穴を開けて、中をのぞいて見ると、新婦が、新郎に背中をかかせていた。（江戸小ばなし）</p>
<p>1981,349号は当時まだ阪神マートといっていた阪神百貨店に＜阪神甘辛のれん街＞を開き30周年記念号で、甘辛のれん会と甘辛のれん街を改めて強くＰＲしました。</p>
<p>大久保恒次氏が、亡くなられた後を継がせていただいた梶　康子が、1983,8月号より編集を担当させていただいております。その間、記念号を発行いたしました。<br />★1990,４月450記念号　当時甘辛のれん会会長　サントリー㈱佐治敬三氏より所感　<br />★1992,７月477号４０年記念号　記念イベント　アンケート募集。　当選者賞品発送<br />★1994,６月500号　ミス甘辛・マスコットネーム募集＜のんちゃん＞当選者賞品発送<br />★1999,11月号　　老舗の味プレゼントキャンペーン　毎月加盟店より当選者賞品発送<br />★2002,9.10月595号　50周年記念号　甘辛のれん会会長アサヒビール㈱瀬戸雄三氏<br />所感　謝恩プレゼントキヤンペ－ン　　当選者賞品発送<br />★2005,３月号より現在インターネットに移行<br /><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img139_CCF20120529_00003.jpg" class="pict_left" alt="noren04" title="noren04" width="220" height="220" /><br />表紙の切り絵は、加藤義明氏に大阪周辺の史跡、名所を紹介していただきました。愛読者の方が、毎月楽しみにしておられました。その後、前田　尋氏に引き継がれ好評を得ておりました。</p>
<p>食品関係以外にも「ふるさとを訪ねて」「おふくろの味」「折々の詩」「花物語」等は読者の方より、多くのお便りをいただきました。</p>
<p>　60年もの長い間、この様に続けて今日に至りましたのは、ひとえに読者の皆様のおかげ様と心より感謝いたしております。なお、今後とも宜しくご愛読の程お願い申しあげます。ご意見、ご感想をお寄ください。<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　梶　康子</p>
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		<item>
		<title>老舗物語　　小鯛雀鮨　すし萬</title>
		<link>http://amakaranoren.com/2012/06/01/post136/</link>
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		<pubDate>Fri, 01 Jun 2012 01:04:13 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[60周7・8・9月号]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>　すし萬は、承応２年（1653）初代萬助が、魚屋を開業し、副業として雀鮨を営んできた。天明元年（1781）京都 [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2012/06/01/post136/">老舗物語　　小鯛雀鮨　すし萬</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img140_sushi.jpg" class="pict_right" alt="sushi.jpg" title="sushi.jpg" width="250" height="166" />　すし萬は、承応２年（1653）初代萬助が、魚屋を開業し、副業として雀鮨を営んできた。<br />天明元年（1781）京都の御所へ献じることがあり、西宮沖の小鯛を用いて雀鮨を作り評判を得、白河御殿御鮨師となり爾来世襲し、この折小鯛雀鮨を創業し、雀鮨専門店となり、ことさらに、総本家小鯛雀鮨と称する。<br />以後、初代萬助より数えて349年、その間変革を経ながら、伝統を守りながら、今日に至る。<br />平成22年８月、重厚、格式を誇り、老舗の代表的な筋違橋の本店は、老朽化により西靭本町に移転している。<br />
<span id="more-136"></span><br />
●　大阪ずしとは<br />　大阪ずしはもともとお土産であって、すし屋は物品販売業である。今では90％までにぎり鮨になり、サービス業の感があるが、戦前は客席のないのが、格式であった。<br />戦後加工鮨の取扱いをはじめてからデパート等で、売場をもつようになった。</p>
<p>●　おすしは漬ける<br />　小鯛雀すしの場合、桶詰が本来であったが、文化・文政の頃より、現在の大阪ずしの型＜おしずし＞ができ、その影響から布巾で仕上げたり箱で圧したりして現今の姿になってきたので、いま一般の雀鮨は、魚の身をおろしてはりつけてあるだけで、箱ずしに似ている。</p>
<p>●　鯛について<br />　すし萬では明治初年のの型を残し、一尾約220ｇの鯛を３寸×２寸にしあげたもの２個で一人前になっている。<br />昔は西宮沖、明石海峡、戦後は海流が変わったのと汚染のため淡路島南端から沼島付近で一本釣りのものを集めている。<br />　塩を打つにも手だてがあり、塩そのものにも加工したが精製塩で方法も変わってきた。</p>
<p>●　昆布について<br />　白板昆布は身湿度を保つためであったのが、最近は昆布も食される方が多くなり、従って昆布自体も吟味しなければならなくなり、北海道の尻岸内を使用している。</p>
<p>●＜おすしは漬ける＞は、なれずしの名残で今でも＜漬ける＞という。調理場を漬け場、<br />飯は「シャリ」が江戸、大阪では堂島に米穀取引所が在ったことから「しま」という。<br />●鯖ずしは、松前ずしともいうが、皮の形が柳の葉に似せて張るので、＜すし萬＞では＜柳ずし＞と称している。<br />●いそ巻きは昭和26年頃、すし萬のすしに馴染んで頂くため、記録にあった仕事を復元したもので急速に普及し、いそ巻きの総本家といえる。<br />●宇の丸は、夏に鯖の味が落ちるので、鰻を使用。<br />●ます巻きも同系である。</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　編集部</p>
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		</item>
		<item>
		<title>季節の真味　　ハモ　つの字ハモ</title>
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		<pubDate>Fri, 01 Jun 2012 01:03:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[hm_product]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[60周7・8・9月号]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>　昔から京都の祇園祭、大阪の天神祭が近くなると、ハモ、タコ、アジ、サバ等の消費量がハネ上るといわれていた。特に [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2012/06/01/post137/">季節の真味　　ハモ　つの字ハモ</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img141_hamo.jpg" class="pict_right" alt="hamo.jpg" title="hamo.jpg" width="250" height="166" />　昔から京都の祇園祭、大阪の天神祭が近くなると、ハモ、タコ、アジ、サバ等の消費量がハネ上るといわれていた。特に祇園祭は＜ハモの祭り＞といわれている。<br />　幼い頃、天神さん（大阪の人は天神祭りのことをそう呼んでいた）の夕方になる頃馴染みの魚やさんが、盤台にタコやハモ、その他魚介類を入れてやって来て目の前で刺身につくったり、ハモの骨切りをしたり、巧みな包丁さばきに、いつも見とれていたのを思い出す。<br />
<span id="more-137"></span><br />
　ハモは梅雨の水を吸って美味しくなる魚の一つで、特製のトロ箱に「つ」の字型に納まる大きさのハモは「つの字ハモ」といわれ、高級品とされている。<br />　鋭い歯があってよく噛み付くところから、古語の「食＜は＞む」がハモになり、「和名抄」にもハムとある。魚ヘンに豊の字は、身と味が豊かなことからつくられたもの。</p>
<p>☆　白身でも脂肪はたっぷりとあり、ビタミンＡ、Ｄ、Ｂ12、カルシュウム、鉄分が豊かで、皮に老化予防のコンドロイチンも含まれている。</p>
<p>☆　海から遠い京都でハモ料理が発達したのは、ハモは生命力が強く生かしたままで長距離の輸送が、できたからだとされている。当時海産物で生きたまま京都に入ってくるのはタコかハモぐらいなので、うす味で上品なハモが珍重され、料理人は、小骨の多い調理法を研究し、「骨切り」を研究したのだという。</p>
<p>☆　瀬戸内海、和歌山のいけハモは、最も美味しく、殆どのハモは高級魚として料理屋へ回され、市販していても高価である。</p>
<p>☆　ハモは、体色、体形ともにうなぎよりもアナゴに似ていて体長約２ｍに達するのもあるという。実際に使われているのは、１ｍ以内で、季節的には、初秋を過ぎて産卵のために近接してくる50～70ｃｍぐらいの青春期のものが、美味としてよろこばれる。</p>
<p>☆　マツタケの土瓶蒸に使うし、骨切りを入念にして、ナマス、カバヤキ、ハモ丼にし、内蔵は赤味噌仕立てに、卵巣は細粒で甘美。頭や中骨はざっと焼いて煮出すと、高級上品な出し汁になる。全く捨てる部分はないのである。</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　東　雲　宣　子</p>
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		<item>
		<title>60周年記念号６，７，８，９月号</title>
		<link>http://amakaranoren.com/2012/06/01/post138/</link>
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		<pubDate>Fri, 01 Jun 2012 01:02:01 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[60周7・8・9月号]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>　　★　　花菖蒲「のれん」の傍で咲き誇り　　　　　　　　　(六　月)　　★　　お中元いつも変らじ「のれん」の品 [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2012/06/01/post138/">60周年記念号６，７，８，９月号</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>　　★　　花菖蒲「のれん」の傍で咲き誇り　　　　　　　　　(六　月)<br />　　★　　お中元いつも変らじ「のれん」の品　　　　　　　　（七　月）<br />　　★　　草刈って墓前で直う（なおらい）しばしの憩い　　　（八　月）<br />　　★　　あらうれし引出物＜結婚式＞は「のれん」の品　　　（九　月）</p>
<p>上記の「のれん」とは、甘辛のれん会加盟の老舗の「のれん」または老舗自体をさす。<br />す子「のれん」歳時記より。<br />
<span id="more-138"></span><br />
　むかし、中国で、正月15日を上元、10月15日を下元とし、7月15日を中元としてお祝いをしておりました。<br />　現在わが国では、正月15日を小正月とし、下元は行われておらず、中元の風習だけが残っております<br />　本来は、半年の生存の無事を祝ったり、お盆の行事をし、先祖の供養をしていたのですが、いつの間にか、半年お世話になった方々への謝意を込めての贈答にかわってまいりました。それも関東では新暦、関西では旧暦に行われていましたが、関西でも早くなり７月中にはお中元を済ませています。<br />　大切なお方への贈り物ですから、お贈りして喜んでいただけ、安心して受け取っていただける物を、お選び願いたいと存じます。<br />甘辛のれん会加盟の老舗の品々を、胸を張ってお奨めいたします。</p>
<p>　　　　　　　＜お中元は　甘辛のれん会の　店の品々を＞</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　甘辛のれん会　　すし萬・主人　　小　倉　宏　之</p>
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