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	<title>甘辛のれん会 &#187; 2015年春号</title>
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	<description>甘辛のれん会のウェブサイト</description>
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		<title>のれんメール</title>
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		<pubDate>Sun, 01 Mar 2015 01:35:55 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[2015年春号]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>のれん27,3,4,5号 ★ 牡丹の芽ひくき土塀をめぐらせる　　　　　　　　鹿　郎（三　月）★ 夕風にしきわら [&#8230;]</p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img9_illust05.jpg" class="pict_right" alt="photo05.jpg" title="photo05.jpg" width="250" height="166" /><br />のれん27,3,4,5号</p>
<p>★	牡丹の芽ひくき土塀をめぐらせる　　　　　　　　鹿　郎（三　月）<br />★	夕風にしきわらみだれ花いちご　　　　　　　　　より江（四　月）<br />★	玉垣や花にもまさるべに若葉　　　　　　　　　　青　畝（五　月）<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　新歳時記より<br />
<span id="more-189"></span><br />
　＜贈り物　知らず知らず　に　老舗の品＞</p>
<p>森羅万象、天地の全てが芽吹く春、この時期はお祝い事が、多くなります。人生の節目を刻む想い出のひとときに＜甘辛のれん会＞の老舗の品々を、是非お傍にお伴させていただきますようにお願い申し上げます。<br />春はものの真味がもたらされる季節でありますれば、我々の心よりの精進と、相まって充分に美味しさをご賞味下さい。ご用命をお待ちいたしております。</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　甘辛のれん会　　すし萬主人　　小　倉　宏　之</p>
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		<title>故郷を訪ねて  出雲大社</title>
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		<pubDate>Sun, 01 Mar 2015 01:34:26 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[<p>出雲神話や縁結びの神として知られる出雲大社は、福の神の大国主命を祀っている古社である。「古事記」や「日本書記」 [&#8230;]</p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img181_d.jpg"class="pict_right" alt="d.jpg" title="d.jpg" width="250" height="166" /><br />出雲神話や縁結びの神として知られる出雲大社は、福の神の大国主命を祀っている古社である。<br />「古事記」や「日本書記」によると、大国主命による国譲りが行われた後、天照大神が出雲国多芸志の小浜に宮を築かせて、子の天穂日命に奉仕させたのが、その起源ということである。<br />平安時代の「延喜式」によれば、名神大社に列せられ、この国一の宮とされ、信仰を集めてきた。実際この地の人々の出雲の神様に対する信仰は篤く、何か良いことがあれば「これも出雲の神様のお陰です」と言う。<br />
<span id="more-188"></span><br />
島根県の人々は「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるくらい雨の多い地方なのだが、私が行った時も天気予報では、雨と言われていたのだが、元旦の朝は晴れ渡ったお天気になり、美しい宍道湖が目の前に広がっているのをホテルのロビーより眺めて、土地の人々は「出雲の神様のお陰です」と喜び、感謝しておられるのを目の当たりにみて、頭の下がる思いをしたことがあった。<br />出雲の神様が、どうして縁結びの神様として全国的に崇められているのか？　その一つは、祀られている大国主命の正妻須勢理毘売との結婚に、父親である須左之男命が反対して、様々な試練を課した。大国主命はそれらを乗り越えて、二人は結ばれた。という由縁ある神話による。また、これも神話にある、須左之男命と櫛名田比売との結婚。この二つの結婚から、縁結びの神様といわれ、信仰を集めている。</p>
<p>境内は総面積は79,000㎡もあり、先ず八雲山をﾊﾞｯｸ、にした堂々たるその姿は美しくも頼もしくもあり、荘厳そのもので、参拝者を感動させずにはおかない。<br />社殿は大社造りという独特なもので、日本最古の神社建築様式を伝えており、伊勢神宮の神名造りと共に、日本を代表する神社建築である。<br />主な祭事は、全国から八百万の神様が集まられる、神迎祭が10月10日の夜に行われ、延々長蛇の列が「しゃぎり」をにぎやかにはやしながら神様方を本殿までお迎えする。その時は神社の19の扉が全て開かれ神様方の宿となるそうだ。この他、5月の大祭礼や11月の献穀祭も大勢の参拝者で賑わいを見せる。<br />祭神の大国主命にちなみ年間を通してあまたの婚礼が行われている。また、大国主命は別名大国様で知られているように、「福の神」としてもよくしられていて、広く信仰されている。</p>
<p>葛　城　陽　子</p>
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		<title>老舗と私 株式会社　ちもと</title>
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		<pubDate>Sun, 01 Mar 2015 01:30:21 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[2015年春号]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>ちもとは、先代、松本繁が、東京の老舗「ちもと」より分かれ、昭和の初期に江戸菓子の＜のれん＞をかかげ、大阪平野町 [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2015/03/01/post187/">老舗と私 株式会社　ちもと</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img180_c.jpg" class="pict_right" alt="d.jpg" title="d.jpg" width="250" height="166" /><br />ちもとは、先代、松本繁が、東京の老舗「ちもと」より分かれ、昭和の初期に江戸菓子の＜のれん＞をかかげ、大阪平野町に進出し、昭和29年に株式会社組織とし、食文化の発達した大阪にあって、江戸菓子の老舗としての地位を築きあげた。<br />関西風の菓子に親しみきっている関西にあって、堂々と老舗の誇り高く「のれん」を守っている。あくまでも、お客様の身になって、作られたお菓子の一つ一つに細かい心づかいが感じられて、心が癒されるからであろう。<br />
<span id="more-187"></span><br />
随分昔のことである。長男を身ごもった時、つわりがひどく、出産間際まで苦しんだ。案じた夫は、なんとか食べられる物をとあれこれ心配してくれていたが、殆どお腹に納まらなかった。<br />そんなある日、「ちもと」の＜萬寿萬寿（ますまんじゅう）＞を買ってきてくれた。ますます繁盛するようにと、桝型の上皮に中は白アン。「商売人の子や。縁起の良い萬寿萬寿ならキット食べてくれるよ」夫はお腹の赤ちゃんに、言い聞かせるように、祈る思いで、私が、萬寿萬寿を包んであるセロファンを、ゆっくりとはかす手許を見つめていた。<br />私はなぜかこのお菓子は食べられそうな気がして、静かに口に入れた。<br />すんなりと、食べられた時のあの感激、美味しさ、嬉しかったことは、今でも覚えている。夫は欠かすことなく、わざわざ「ちもと」まで買いに行ってくれたのである。<br />桝型のしっとりとした皮と、白アンがほど良く調和していくつ食べても飽きない。それは、＜ちもと＞が丹精に、心を込めて、こしらえてあるからである。＜ちもと＞の精神が凝縮されているのである。<br />初めて＜ちもと茶寮＞へ行った時、メニューに「吹き寄せ」とあったので、どんなものだろうと思って、注文して、期待していると、お抹茶茶碗にフタをしたものが出てきた。フタを取って見ると、大阪でいう＜かやくご飯＞がオツにすました感じで、納まっているではないか。ビックリすると同時に思わず笑いがこみ上げてきて、周囲の人に悟られないようにするのに困った。<br />吹き寄せが＜かやくご飯＞だったとは。知らなかった。よく考えてみれば、お菓子の吹き寄せだって、いろいろ混じっているではないか。美しい呼び名は、お茶碗にぴったりで、単なる、かやくご飯＞とは一風変わった格調の高さがあり、「ちもと」だからこその＜味＞を醸し出していた。<br />「ちもと」はお菓子も一流だが、茶寮も一流なのだ。器にも細かい心配りが伝わってきて、ほのぼのと満足させてくれる。<br />早速、友人達にこのことを言うと、、＜大阪のおばちゃまたち＞は、そんなこと知らなかったと言うことになり、みんなでで行こうということになり、日を改めて再び＜ちもと＞の茶寮へ出かけたことは言うまでもない.。<br />梶　康子</p>
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		<title>老舗と私 小倉屋　株式会社（昆布）</title>
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		<pubDate>Sun, 01 Mar 2015 01:27:08 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[2015年春号]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>小倉屋　株式会社（昆布）創業嘉永元年（1848）163年の歴史を誇る＜をぐら＞屋は、大阪でも最も古く、かつ由緒 [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com/2015/03/01/post186/">老舗と私 小倉屋　株式会社（昆布）</a>は<a rel="nofollow" href="http://amakaranoren.com">甘辛のれん会</a>の最初に登場しました。</p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img179_b.jpg" class="pict_right" alt="d.jpg" title="d.jpg" width="250" height="166" /><br />小倉屋　株式会社（昆布）<br />創業嘉永元年（1848）163年の歴史を誇る＜をぐら＞屋は、大阪でも最も古く、かつ由緒ある昆布の老舗として広く知られている。<br />日本一の昆布どころ、北海道の真昆布を原料として、じっくりと煮込む大阪の伝統工法により、すぐれた塩コンブが生まれる。大阪戎橋筋のをぐら屋は＜大阪名物いうたら、やっぱり昆布でっせ＞と大阪の食文化に貢献している。<br />
<span id="more-186"></span><br />
大阪の産物でもない昆布が大阪の名物になっているなんて、昆布以外にあまり類をみない。それほど昆布は大阪で大切にされており、昆布に各地名産の松茸、椎茸、山椒、かつお等、海の幸・山の幸の個性をいかしながら、様々な嗜好の昆布をつくり続けてきた。<br />昆布は「喜ぶ」に通じることから、古来縁起の良いものとされ、正月の鏡餅のお飾りに、また結納の際の不可欠のものとして使われたり、お祝い事の引き出物などに重宝されている。<br />昆布の旨味は日本の味の代表の一つであり、他の食料の味を引き出したり、あらゆる食文化の根源になっている。昆布を通して、日本文化を感じ、そして新しい日本人の味、大阪人の食道楽を創造してゆくのに、やはり昆布は大切な役割を果たしている。おまけに栄養豊富で縁起物の大阪名物である。<br />昆布は、ビタミン。食物繊維が豊富で、それ以上にヨードやアルギン酸等のミネラルが豊富で、カルシュウムは牛乳の７倍、鉄分は39倍もあり、健康・美容にもしっかりと役立っている。<br />幼いころ、母の手伝いで、昆布を一口大の大きさに丁寧にハサミで切って、一晩水に漬けこみ、根よく昆布を煮込み、焦げ付かないようにゆっくりと長い箸で混ぜながら火の番をするのが、私の役目であった。はじめはとてもイヤであったが、姉がよく、焦げ付かせて叱られていたが、わたしがやれば、不思議と上手くやるので、母に褒められれば嬉しくて、色々工夫をして、万弁なく火がゆくように、箸よりもおしゃもじ、それもご飯用だと手が熱いので、なるべく大きな、料理人が使うしゃもじを買ってもらって、自分の気のすむまで煮込んだ。小さい弟たちが、少し噛むだけで、スルット喉を通過出来るように柔らかく煮るのが苦にならなくなった。　　<br />長じてそんな時間も余裕がなく、市販の塩コンブを買っていたが、ある時、＜をぐら昆布＞をいただいた。煮くずれしない美しい形を重厚に保ち、光沢を品良く放ち、口にすれば絶品。とたんに幼い頃の＜私の塩コンブ＞を思い出した。＜をぐら屋＞が伝統と、技術で丹念に煮た＜食品の芸術＞と感じさせる昆布から、つくる人たちの「心」がひしひしと伝わって、手に取るようによみとれたのである。出来栄えこそ違っても、弟の為に一生懸命につくった「心」と通じるものを感じ、忘れていた大切なものを思い出させてくれたのである。</p>
<p>梶　康子</p>
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		<title>★昔の酒と肴</title>
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		<pubDate>Sun, 01 Mar 2015 00:51:45 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[2015年春号]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>◎式三献と本膳式三献というのは、公式の酒宴の形式で、公家や武家に仕えていた料理の専門家たちがつくりあげたものだ [&#8230;]</p>
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]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://www.amakaranoren.com/main/img/img178_a.jpg" class="pict_right" alt="d.jpg" title="d.jpg" width="250" height="166" /><br />◎式三献と本膳<br />式三献というのは、公式の酒宴の形式で、公家や武家に仕えていた料理の専門家たちがつくりあげたものだった。<br />先ず鮑熨斗を飾った膳をすえる。これは直接に食べるのでなく、目出度い縁起物として中央にすえておく。次に昆布、勝栗、するめ等をさかなとした第一の膳が出されて酒がすすめられる。<br />この第一の膳は間もなく引かれて、改めて第二の膳が出る。この膳には煮たもの、焼いたものが出て、お酒がすすめられる。<br />
<span id="more-185"></span><br />
第三の膳に、第二の膳と同じような料理が出て、お酒がすすめられる。<br />以上の他に御肴といって、第一の膳のような珍味類を盛り合わせて、客の好みに任せて取って食べてもらうという膳を鮑熨斗の膳のように出しておく事もある。<br />式三献というのは、要するに三度、膳をかえて酒と肴をすすめることで、これが次の時代になると、一の膳、二の膳、三の膳のいわゆる本膳となり、昭和のはじめ頃まで、式三献の変化した形式が残されていた。<br />◎町人の時代<br />徳川時代は町人の時代といわれているが、お酒も肴も、この時代に大きな発展をみせる。お酒屋さんのお酒は、中世以来醸造技術が進み、原始的なやり方が姿を消し麹、米、水を二段がけにすることが、はじまった。良い酒を作ろうと合理化がすすみ、中世では夏の酒、春の酒、秋の酒、冬の酒、また良い酒、良くない酒がいろいろ雑多で、どろりとした酒も、当時の人は良い酒としていた。清酒にはまだほど遠いものであった。この中世紀は日本酒の歴史にとって混沌期であり、酒の肴・料理もまだ雑然としていた。<br />徳川時代になり春酒、秋酒は造らなくなり、冬の寒造り一本になる、良い酒が出来るようになったのである。これを支えるものとして町人が頭を持ち上げてきた。経済を掌握した町人は今まで歴史になかった自由闊達な市民生活をはじめる。そこで料理屋がなりたつようになった。お酒より少し遅れてのことである。<br />◎解析料理屋<br />京は千年の舌といわれて、旨い酒の肴がつくられていたが、中央政権が江戸へ移り、江戸の町づくりがはじまり、大阪も同じ頃から町づくりがはじまった。<br />各大名たちは、料理職人を抱えて、式三献風の献立やマナーで酒宴を催しており、町人のための料理屋も、はじめはこれにならっていたが、だんだんに武家を離れて、町人の酒と肴が独立してきた。<br />公家や武家の式三献を、町人の料理屋でマネをして、本膳、として給仕するようになった。そして会席料理という名の献立をつくった。</p>
<p>東　雲　宣　子</p>
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